トラジコメディの舞台裏

 

がちゃり。



ああ、そんなに驚かないでくださいよ。なに、ちょっとばっかりこの鍵をお借りしてかけてしまっただけですから。あなたが養父にもらったこの鍵。 え、なんですか?扉越しなんでもっと大きな声で…え、なんでその鍵のことを知っているのかと、あなた馬鹿ですか?私はこれでも名誉騎士ですからね、知らない鍵などありませんし、 そもそもこの鍵をあなたの養父に渡したのは私です。どんな鍵穴にも合い、なんでも隠せる鍵。いざというときはこれで大事なものを隠せと言われていたでしょう? これねえ、物じゃなくて生き物も隠せるんです。対象物さえどこかの部屋へ押し込んで唯一の扉に鍵をかけてしまえば、ほら、この通り。この鍵を使わずに扉を別の鍵で開け長が蹴破ろうがあなたにはたどり着けません。 そういう鍵なんです。ええ、恐ろしいでしょう?使い方ひとつ間違えれば実はあらゆる鍵の中で一番おそろしいものなんです。あなたは今まで無防備に首から下げていたわけですよ、これを。 だからこんなにも簡単に奪われてしまうんですよ、私に。
え、何故、こんなことをするのかと?
−−−−−−さあ、何故、でしょうね…。
いえいえい、ふざけてませんよ。私はいつも真面目で真剣ですから☆ うさんくさい?失礼ですね、君、相変わらず。ここから出せと?ああ、すみませんそれは今お断りします。 ああそんなに怒らないで、いえ怯えないで。なに、今だけですから事が終わったら…きっとすぐに事態に気付いた弟さんが出してくれるでしょう。安心なさい。きっとほんの数分で済みますから。
ああ、なんでそんなに不安そうな顔するんですか?
え、何を考えているのかって?
…さあ、なんでしょうね、なんかね、自分でも…よくわからないというか。ああこのような感情になるの、ほんとに久しぶりなんですよ私。最後にこんな風になったのはいつだったでしょうかね? 私の故郷に私の居場所なんてないと知ったとき以来でしょうか。そもそもね、あなたという存在が私にとってなんであるのか…よくわかってないかもしれないのに、こんなことしてるんです。 私にしては、珍しい。衝動的ってやつですよ。
何を考えているのか。ほんとに私らしくない。
……ねえ奥村くん…
いえ、いいですよ、やっぱりなんでもありません。そうですね、そんなに気になるのなら全て終わったら話してあげてもいいかもしれません。 実は私にもよくわかってないんですけどね。でもわかってもらおうとも思ってませんから。誰にも。ああ、愚かなことをしているということだけはわかるんですけど。本当に、何故でしょうね。 正気じゃない。いえ、もともと悪魔には頭の正しいもおかしいもないんですけどね。いうなれば、悪魔は全員、おかしいのですが。

「…メフィスト?」

いやですねえ、そんな不安そうな顔しないでください。
そうですね、全て終わったら、もんじゃやきでもごちそうしてあげますよ。こんな狭い、602号室でいい子に待ってたご褒美に。

「メフィスト」

そうですね、今度は二人だけでいってみませんか?あなた、この間は私の分までもんじゃやき食べてしまいましたから、もう二度とあなたと行くものかと思ったんですけどね、 ああやって騒ぎながら食べるのも悪くない、って最近思うんです。ああ、やっぱり私、正気じゃないですね、悪魔ですけど。
本当に私らしくない。

「…メフィスト!!」

あなたはいい子でそこに待っていなさいね。ほら、ちょうどあなたの猫叉がここに。この鍵はこの子に預けておきましょう。おーいい子ですね、それをね、全て終わったら奥村先生に渡しておきなさい。 あの賢い先生のことだ、それで全て察してくれるでしょう。それまではその鍵を大事にしてどこかへ隠れていなさい、絶対ですよ。……ああいい使い魔ですね。全てを察して鍵を咥えていってくれましたよ。 これでひとまず安心ですから、だからそんな不安そうな顔しないでくださいよ、奥村くん。
ねえ、奥村くん。
きっとそうですね、あなたといるのは…上手くいえないんですけど、あなたにはよくわからないんでしょうけど、…あなたは箱の底に残っていてくれたものだと、私は今ならそう思う。 わからなくて、いいですよ。わかってもらおうとも思っていません。誰にも。
誰にも、わからないでしょうから。



「ほんとに、私らしくない」



表舞台に立つことも舞台裏に立つことも、本当は好きではないのに。ずっと観客席でよかったはずなんですけどねえ。







2011.11.12