体が中から熱いのに悪寒が背筋を駆け巡る。吐く息は熱湯の湯気のように熱くて、ついには咳が出始めた。ごほっごほっごほぅ!、
ああ、痰が喉に引っかかって息が苦しいけれど、起き上がる気力もない。喉も腫れてきたようで、まるでストローで空気吸ってるみたいに呼吸が苦しい。
喉を肺をすべる空気さえ、ちくちくじくじく、腫れあがった喉と肺を痛めつけていく。頭もガンガンしてるし視界がぐるぐる回っているし。早いところ眠ってこの苦行にも等しいことから一時解放されたいのだが、
全身の倦怠感と関節や筋肉の痛みのせいで、だるくてだるくて、とても寝られない。
燐はそもそも風邪みたいな病気に罹るのが初めてであった。小さい頃から、どれだけ学校でインフルエンザとか胃腸風邪とかの集団感染があったとしても、
思えば燐だけは感染したこともなく、毎日毎日365日健康優良児だったのだ。今から思えば、あれだけ病気とは無縁だったのは自分の内の中にある悪魔の力によるものだったのだろうが。
だからなおのこと、燐にとってこの悪魔インフルエンザはきつく感じた。
風邪って…こんな感じだったんだなあ。
ぼうぼう耳鳴りもする中で燐はぼんやり考えた。寒気を感じたので布団の中にもぐりこむように身を丸める。枕元でクロが「りんー!もうすぐゆきおかえってくるぞ!」と必死に自分を励ましてくれていた。
ありがたいのだが、正直、そのクロのかわいい鳴き声さえ聞いているのが億劫だった。病気のだるさは何もかもめんどうくさくさせる。その脅威も燐は初めて知った。着替えさえできないぐらいだったのだ。
おかげで弟の雪男に着替えまでしてもらって…兄のメンツ丸つぶれである。最も、今の状態の燐にはそれを考える余裕さえなかったのだが。
小さい頃の雪男も…こんな感じだったのかな。
薄暗い布団の世界の中で朦朧としつつ考える。思い出すのは、小さい頃、体が弱くてよく風邪を引いては寝込んでいた雪男のことだ。
大きな青緑の目も顔も真っ赤にして、苦しそうに息を吐いて、にいさんにいさん、とベッドで寝込んでいた小さい雪男。移るといけないから、と雪男が風邪を引くたびに、
燐は養父に近づくことを禁じられていたが、それでも雪男が心配で養父がいない隙に雪男の寝込んでいる寝室に入り込んで、様子を見てやっていたっけなあ。
風邪のせいで弱りきった雪男は燐の姿を見つけると、にいさんにいさん、と呼んで、そばにいてよ、と泣きじゃくっていたものだ。そんな弟の姿を見て、
胸が締め付けられない兄がいるものか。だいじょうぶだゆきお、にいちゃんがそばにいるからな!と手を握ってやっていたっけ。ああ懐かしい。結局、いつも養父に見付かって部屋から追い出されていたのだけれど、
今から思えば自分は病気になど罹らないからずっと側にいてやればよかったのに。なんてふと切ない気持ちになってみる。
雪男はこんな感じだったんだな。
今ではすっかり体も逞しくなって成績もよくてスポーツ万能で背だって自分より高くなって、風邪だって滅多に引かなくなった。ああ、なのに自分は背丈は7センチも追い越されるし、
成績も…いやこれ以上マイナスなことを考えると本気でしんどいので止めておこう。
そうして燐が朦朧としている故か、幼い頃の回想にふけっていたころ、602号室へと雪男が帰ってきた。
「ただいま兄さん。遅くなってごめんね!」
と言いながら、がさがさ、とおそらく買い物のビニール袋だろうか、そのようなものを置いていく音がした。布団から顔だけ出して、声をかけようとしてみると、
ふと、喉に違和感を覚える。
「………」
あ、やべえ、喉が腫れすぎて声もでなくなった。そのことを弟に訴えるために、ぱくぱく、口を動かしていると、熱のせいでぼんやりする視界の中に、こちらを覗き込む
雪男の顔。
「兄さんどうしたの…そんなかわいい口…いや…金魚みたいにして」
「………」
「え!声でないの!?」
こくこく、と頷いて訴える。熱のせいで目元も熱くて、今にも涙が出るんじゃないかと自覚できるぐらい潤んでいるのがわかった。その瞬間、雪男が何故か、口元を抑えて2秒ほどそっぽを向いたのは何故なのか。
そして雪男は一回深呼吸をすると、兄さん喉見せて、とお医者さんみたいなことを言い出した。どこで用意してきたのか…医者が患者の喉の様子をみるために舌を下げるために使う銀色の棒みたいなやつ。
あれを取り出して、はいあーん、してと子どもに言い聞かせるみたいに言ってくる。燐は素直に口を開けた。舌を下げるために、冷たい銀の棒みたいなのをつっこんでくる。
燐はそれにむせた。
「ごほごほ、ぐえ!」
「ああ、ごめん兄さん!つっこみすぎた!」
ってつっこむとか僕は何てことを…とまた2秒ほどそっぽを向き、深呼吸する雪男。一体どうした雪男。と首をかしげてみせる燐に雪男はまた、ふー、と深呼吸。
「ま、まあいいから兄さん…あー、って声出すみたいにして」
「あ゛ーーー……」
「うん、やっぱりすごい腫れてるね…うわあ、痛そう…。兄さん、大丈夫?これからお粥作るけど…味がないほうがいいかな?これだけ腫れてたら染みるだろうし…」
え、お粥も雪男が作るのか、と燐は意外に思った。そうえいば昔から料理は全部、燐がしていたので雪男が料理をするところを見たことがなかったのである。最も、
ケンカに明け暮れて修道院にも遅くまで帰らなかった頃はどうしていたのかわからないが。そうか雪男が俺のためにお粥を…と思うだけで燐はなんだか感動した。
そして雪男の料理というものにも興味がある。正直、食欲はまったくなかったのだが、だからといって食べずにいていいわけがないので、燐は、こくん、と頷いておいた。
雪男のお粥食べたい、
と目で訴える。またまた雪男が口元を押さえたのだが、何故だろうか。今日の弟は何故の仕草が多い気がするなあ、と兄はぼんやり思うのだった。
というわけで、雪男はお粥を作りに厨房へ。燐は水枕と額にまで氷の入った水袋を乗せられたまま、天井を見ていた。後頭部と額にある氷が冷たくて気持ちいい。
燐の熱でもなかなか溶けないので、かなり純度の高い氷であろうのだろう。一体どこで入手してきたのか雪男は。まさか氷屋までいって氷の塊を分けてもらったのだろうか(そのまさか)。
なんか悪いなあ、と思いながらもようやくちょっと冷えてきた心地いい感触を味わう。
しかし、それはわずかな時間であって、どうも厨房の方が騒がしいなあ、って思った時、雪男と一緒に厨房に行っていたらしいクロが慌てて戻ってきて、
『りん、りん!なんかゆきおがたいへん!』
クロの呼びかけに燐は思わず体を起こした。くらっと目眩を感じたが、もしや料理中に焼けどでもしてしまったのだろうか!?と思ってふらふらした足取りでなんとか厨房へ向かう。
…確かに厨房の中へと入る扉からなんか正体不明の煙が出ていたので、燐は慌てて、
「お、おい…ゆぎお…!だいじょぶが…げほげほげほっ!」
喉の腫れと咳のせいで出てこない声をしぼりだしてみると、扉の向こう側からは、雪男の焦った声で、
「だ、大丈夫だよ、兄さん!!ちょっと爆発しただけで!」
は?爆発!?なんでお粥を作っているだけなのに爆発などどいうことが起きるのか!?まさかガス漏れでもして…!
「ほんとに大丈夫だから兄さん!入ってこなくていいよ、寝ててって!うわ!」
がっしゃあああん!と皿や調理器具がいくつか犠牲になった音。あーやってしまったか…せめてその壊れた音が最近(普段資金援助をしてもらっているが故に雪男には頼みにくかったので代わりに)メフィストにねだりにねだって買ってもらったブランド(ティ●ァール)の電気蒸し器でないことだけを願いたい。
「ゆ、ゆきお…とりあえずケガだけはきをつけてな…」
「わかった兄さん、心配しないで!」
なんだかいつもと逆の立場にあるような。しかし、燐はもう歩くのも覚束ない感じだったので、厨房で起こっているであろう惨状を見る勇気も気力もなく、そそくさとその場を後にしてベッドに戻ることにした。
すでにとてつもなく嫌な予感を感じながら。そして悲しいかな、燐の予感は当たっていた。
果たしてこれは何色と表現すべきなのだろうか。緑色といえばその類ではあるのだろうけど、今まで燐が見てきた緑色とは全然違う色のようにも見え。とにかく、毒々しい。
ぐつぐつ煮えたぎっている。そしてそうだ…すごく薬草臭い。
というのが雪男の作ってきたお粥に対する燐の第一印象である。
「…ゆぎお、これは…」
「あ、ほら、ミルク粥だよ。兄さん、僕が小さい頃風邪引いたときとかによく作ってくれただろう?」
いや、ミルク粥ってこんな色してない。文字通り、ミルクを加えて煮詰めるお粥なのでまず第一に白いはずである。しかし雪男が「ミルク粥」だといって出してきたものは、どう見ても緑を越えためっちゃドス黒い緑に見えるんだが兄ちゃんは…
熱のせいで幻覚でも見てるんだろうか?いや、現実だった。クロもそのお粥を覗きこんで怪訝そうな顔をしている。
「…ゆきお、これ…」
「あ、それね、売店で買い物から帰る途中にしえみさんが、
兄さんの風邪が早く治るようにって、祓魔屋から熱や喉の痛みに効くっていう薬草を色々くれてさ。
シチューやお粥に混ぜるといいよ、って言ってくれたから、混ぜてみたんだ」
しえみ…ちょっとうれしいけど、それ以上になんてことを!どう考えても薬味臭さでまず食欲を失くす!雪男のやつはおそらく何でも構わず手当たり次第にお粥にその薬草を入れたに違いない。
おかげでこのドス緑なお粥ができあがったというわけか。雪男よ、小さい頃、兄ちゃんが作ってやったミルク粥はこんな色をしていたか?あ、風邪引いてたときはメガネ外してたから色まで覚えてなかったの?
燐はもうその色だけで食う気がどんどん失せていくのがわかった。メフィストが以前、気まぐれに作っていた小悪魔風オートミールの禍々しいまでのドピンク具合と張り合える。
「ねえ、兄さん…このインフルエンザは悪魔にしか罹らないものだから、ワクチンもないし市販の薬なんてもちろん効かない。でも、物は試しだって思ってさ…兄さんの熱が少しでも下がるようにって…」
お粥一つで大変だったけど、…と雪男は微妙に照れたように頬を指でかくもんだから、燐兄さんはお兄さん心をいたくゆすぶられてしまった。ああ、兄想いの弟よ…
兄ちゃんは今弱った体でこれを食っていいものか超迷ってたけどそんな顔されたら兄として家族として食さないわけにはいかねえな。思えばジジイも小さい頃の俺の初めての卵焼きを残さず全部食ってくれたじゃないか。
よし、兄ちゃんはやるぞ。きっと見た目ほど不味くないかもしれないし。
と燐は微妙に震える手で匙を握り、思い切ってお粥を一口ばくんと。
うん、見た目ほど……不味くないわけがなかった、と燐は涙が出そうであった。
まっずい。ものすごくまずい。苦い。もうそれしか味の表現のしようがないほど苦い。漢方より絶対苦い。
草の苦さのほかに正体不明な苦さが舌をびりびり刺激するのだが、
本当に食っても大丈夫な薬草なんだろうかこれは…。いっそ気絶しそうなほどだったが、そこは兄として燐は耐えた。メフィストのオートミールを食ってしまったときも、
知らないおばあさんが手を振っているのを見たが…今度はジジイが川の向こうで手を振っていたような。あ、でもごめん父さん…燐はまだそちらへは逝けません…。
と、燐はなんとか彼岸の先へ行くのを踏みとどまった。現実に戻ろう。お粥を一口食って固まってしまった兄に弟は、ちょっと大丈夫兄さん!?と心配してくれていたわけだが。
ここで燐には、このお粥まずすぎてヤバイ、おまえちゃんと味見しなかっただろう!!いやそれより以前に料理っていうのはな何でもかんでも混ぜて煮詰めりゃあいいってもんじゃねえんだぞ!!と説教する権利は当然あったのだが、
「う、うまい…ゆきお」
言ってしまったのは、熱と体のだるさで説教する気力もなかったのと(というか最後の気力は全部お粥に奪われた)、そして燐の兄としての無限の優しさであった。
己が胃を犠牲にした燐に拍手…に代わり、にゃーん、と鳴き声を送るクロ。
「ほんと!よかった!」
しかし、にぱっと久々に無邪気な笑顔を見せた雪男に、燐はすでにインフルエンザのものとは違う胃のむかつきを覚えながらも、まあウソもつくときはつくべきだしな…と、
熱でダウンしたふりをして、
そのまま意識を手放した。ぶっつん。
ふと、目を覚ましたときはすでに部屋は薄暗かった。が、かすかに光があって首をひねってみれば、机の電灯だけが部屋を照らしていた。ちょっと体を起こしてみると、関節が痛んで、あー、っとうめき声がでる。
「兄さん?」
机に向かっていた雪男ははじかれたようにこちらを見た。すぐに駆け寄ってきて、熱で呻る燐のベッドの脇に座る。
「大丈夫兄さん?お粥食べてから急に眠り込んじゃったんだよ。…やっぱり消耗してたんだろうね」
いや、眠ったというよりはお粥のせいで気絶したのだが…。とでかかった言葉を呑みこんだ。
そこでふと燐は気付く。あれ?なんかちょっとだけ喉の腫れが引いているような…やはり効果があったのかしえみの薬草が。ありがとうしえみ…おかげでえらい目に遭ったが…結果オーライというやつだ。
「氷変える?」
「あ、たのむ…」
雪男はすぐに枕と額の氷を変えてくれた。寝ている間にまた汗をかいてしまった燐のために…実にすばやく(そしてものすごい目を逸らしていたけどなんでだろうか)、
体を拭いて服を着替えさせる。ぼすん、とまた布団に身を沈める。喉の痛みはなんとか治まったみたいだが、体はまだ、だるいし、熱もあまり下がってはいないようだった。
うっすらと目を開けている燐の額に手を当てて、心配そうに覗き込む雪男。
「…眠れそう?」
筋肉痛と関節と熱によるだるさで疲れているのに、眠気もまだあるのに、眠れない。ふるふる、と燐が弱々しく首を横に振れば、雪男は燐の足を撫でてくれた。
さすさす。じくじくした痛みのある足の筋肉がほぐされて少しマシになった。
「ゆきお…」
「ん、なに?」
「なんか…ごめんな…いっつも世話ばかりかけさせて…」
着替えまでしてくれて、体まで撫でてくれる。お粥は…ある意味、死にそうにはなったけど喉も治ってきて大分マシになってきた。慣れない料理をして大変だったろうに。
すべて文句を言わずに嫌がらずにしてくれた。それを思うと、燐はちょっぴり切なくなったのだ。普段からサタンのことでも祓魔塾での勉強のことでも世話をかけっぱなしの兄なのに。
「…兄さん…そんなこと言わないでよ」
メガネの奥の目を、切なそうに細めて雪男は言った。燐の頭ごと撫でるように手に包み込む。額の氷も冷たくていいが、雪男のちょっと冷えた手も心地よかった。
「でもよ…おれは、ふだんからべんきょーはあれだし…あくまだしで、おまえにメークワばっかかけてさ」
「あ、一応自覚はあったんだ」
「んだと、このやろ…げほっ!」
咳が出たので、雪男の手は足から胸へ。咳のしすぎで最早喉も肺も腹筋も痛かった。
「…兄さんに迷惑かけられっぱなしなのは昔からそうだろう?もう慣れたっていうか…兄さんの世話焼いてないと落ち着かなくなってきたしさ、最近…。それに
こんな時ぐらい思い切り僕を頼ってよ」
胸をさすってくれる手が心地よくて、燐は、とろん、と目をとろけさせた。
「…兄さんは…僕が風邪を引いたときも、こうして神父さんに隠れながら、一生懸命、足とか腕とか背中とか撫でてくれたよね。僕が、だるくて眠れない、ってぐずったりしてたから」
「そんなこと…おぼえてたのか?」
「僕にとっては大事な思い出」
もちろん、燐にとってもそうだった。小さい頃、体が弱くて風邪を引いて、くるしいくるしい、と泣いていた雪男。あの頃の自分にはせめて飯を作ってやることぐらいしかできなくて、
随分、歯がゆい思いをしたものだ。もしかしたら、今の雪男もあの頃の自分と同じ気持ちでいるんだろうか。
「あの時はさ、兄さんが側にいてくれたことがとても心強かった…。それだけですぐに風邪なんか治る気がしててね」
はは、っと笑う弟に、きゅん、と胸が締め付けられた。胸を撫でる雪男の手を取る。
「兄さん?」
「ゆきお…今日はいっしょに寝てくれ」
ものの数秒、雪男が固まったのは何故だろうか。そして、微妙にふるふる震えながら、
「え、ちょっと兄さん!?何を言っているの、熱のせいでちょっと大胆になっちゃった!?」
「え…やっぱりダメか?むかしみてーにさ…おまえが風邪ひいてなかなかねつけなかったから、いっしょに布団に入ったりしてたなあと思って」
「あ、あー…そ、そういうこと!」
「それ以外になにがあんの?」
「ないない、ないよね!」
「…でもやっぱこの年になっていっしょに寝るとかねーよな…風邪だってうつるかもしれねえし」
と燐が上目遣いで、ごめん、と呟けば、雪男はぶんぶん首を横に振った。
「そんなことないよ、兄さん!うん、そうだね一緒に寝よう。そのインフルエンザは人にはうつらないから問題ないし」
というわけで、何年かぶりに一緒のベッドに寝ることになった兄弟である。
横になっている間も雪男はずっと燐の足や腕などだるくて仕方ない場所を撫でてくれていた。それが心地よくて思わず雪男の懐に額を押し付けて、ぐりぐり、撫でる。
「ちょ、兄さん…どうしたの、なんか甘えん坊だよね…」
「いんやあ、そういえばおまえも小さい頃こうしてたなあって思ってさ」
くすくす笑うと雪男の呆れたようなため息が漏れた。同時に、煩悩にまみれてしまった僕を許して兄さん…と雪男は嘆いた。燐はすっかり眠くなっていたのであんまり聞こえてなかったが。
「これはやくなおるといいんだけどな…一週間はかかるんだろう?」
夢うつつの中で燐は尋ねる。
「うん、フェレス卿はそういってたけど…でも大丈夫だよ、兄さん。治るまで僕がしっかり看病してあげるから」
「ゆきお…」
なんていい弟なんだ兄ちゃん、おまえのような弟を持ってしあわせ…
「明日はごはん何食べたい?治るまで僕が作ってあげるよ。なんか料理ってやってみると楽しいよね」
…うん、しあわせだ、俺は…たぶん。しかし、何がなんでも気合で治すぞ。治さなければなるまい。自分のためにも己の壊滅的な料理の腕を雪男が自覚してしまう前にも。
と、燐は妙な決意を胸に、とりあえず、今夜は眠っておこうと、雪男に引っ付いたまま目を閉じた。
耳元で、僕の理性が…と聞こえたのは気のせいだろうか。
結果をいうと、燐のインフルエンザは翌日には治っていた。気合で…というわけではなく、よく考えてみればそもそもの原因はインフルエンザウイルスに憑依したコールタールのせいなので、そうだ、あれだ、
青い炎を発火させて体内のそれを燃やしてしまえばいいのだ、という実に単純なことに燐がなんとか気付いたからであった。というわけで翌日にはぴんぴんしていた燐を見て、
一晩中理性を総動員していかがわしい衝動と戦っていたため寝不足の雪男は、もちろん、兄が元気になってほっとしながらも…もうちょっとだけ面倒みたかったかもなあ、とやっぱり下心ありまくりのことを考えたりはしたのだが。
そして燐も、これで雪男の料理を食わずにすむ!と安心してしまった。お互いそんな思惑があったなんて内緒である。
そして一日ぶりに燐が厨房を覗いてみれば、案の定、犠牲になった食器とか調理器具…特に買ってもらったばかりでまだ一回しか使ってなかった蒸し器も哀れ全壊になっていて、
ちょっと雪男そこになおれええええ!と元気になった燐の元気すぎる説教の声が旧男子寮に響き渡ることとなった。
おまけ
「ごほ、げほ、がほっ!!」
「…なんであれだけの重装備をしていながら感染してしまうんですか、フェレス卿…」
「あ゛ー…どうやらあの「パーフェクトウイルスガード・メッフィースペシャルスーツ」に穴が開いていたようでして…ぶえっくしょい!あー…もうダメです…
奥村くん…私に感染したインフルエンザも青い炎で燃やしてみてくれませんか?」
「えー……!?」
「兄さん、この人にそんなことしてやる必要はないよ!そもそもこの人が前もってちゃんと言ってくれなかったから兄さんだって感染したんじゃないか!…その代わり、僕は少しいい思いはしたけど…いやなんでもないよ、兄さん、ははは!」
「そ、そんなこと言わないで…奥村先生…。そうだ…奥村くん…ティ●ァールでもラゴ●ティーナでもなんでも買ってあげますから…」
「え、マジで!そうならやってみる!…あ、でも加減がわかんねーからおまえごと燃やすかもしれねーけど、それでもいい?」
「やっぱいいです!けっこうです!」
「いっそ燃やしてしまえよ、兄さん」
2011.7.24