再び冬が訪れた。
森の葉はほとんど全てが枯れて落ちていき、また白い雪が地面を覆うようになった。ユリは小屋にこもる日々が続くことを億劫そうにしていたが、
小屋にこもればせっせと何かを作っていた。何をしている?と問えば、毛糸で手袋と服を作っているの、と笑っていた。それはひどく小さいものだった。
それをどうするんだ?と問えば、この子達に着せるのよ、と下腹部を撫でた。ユリの腹は少し大きくなっていた。最近では腹がユリの意志ではない別のもので、動くようになった。
あなたも触ってみて。とユリが言う。触るのは無理だが俺は炎で下腹部に触れた。ユリのものとは違うとくとく打つ鼓動を感じて、俺は不思議であった。
これが命か?
そうよ、命よ。
そうか、いつ出てくるんだ?
もうすぐ、楽しみね。
ユリは頬を赤く染めて微笑んだ。ユリの腹にいる俺達の育む命。春にユリが言っていたことを思い出す。命は買ったり与えたりできないが、育むことはできる。
俺の知らなかった命というものがもうすぐ俺とユリとで育むことができる。俺は楽しくて、待ち遠しいと思った。思えば、虚無界にで俺は様々な悪魔を創ったがやつらには命も死も与えてはいない。
俺が知らなかったからではなく、俺はそういうことまではきっとできない存在だ。しかし、ユリと一緒にならそれができる。命を持った俺の子が生まれる。俺はその事実が、ただただ嬉しかった。
とくとくとく。とユリのとは違う新しい命の鼓動。俺が炎とユリの体を通してそれを感じていれば、ユリは、私も母親になるのね、と感慨深く呟いた。そういえばユリは人間なので人間の親がいるはずである。
俺がそのことを問えば、ユリは少し悲しそうに微笑んで、母は寂しい人だった、と答えた。父は私を見てくれたこともなかったわ、とも言った。人間は命を育むことができるのに、上手くいかないこともあるのか?と問えば、
そういうこともあるわ、と答えた。俺は不思議だった。俺達悪魔には手にできないものを人間はたくさん持っているのに、上手くできないことがあるのか、と。
俺達は上手くいくか?
と問えば、ユリは、きっと信じあえば、と言った。
そうかなら上手くいく。俺はおまえを信じているからな。
私もよ。今、幸せだから。
しあわせ?しあわせとはなんだ?
…陽だまりの中みたいなとても温かい夢じゃない現実の確かなものを手に取ることができることよ。
そうか、ならば、俺にはおまえが確かにあるから俺もしあわせなんだろうな。
ユリは、うん、と頷いた。大きな目の淵から綺麗な透明な涙が流れた。うれしい涙か?と問えば、たぶんそう、とユリは答えた。俺は炎でユリを抱く。ユリは冬の寒さから守られて、俺の中で眠っていった。
眠るユリの中から俺へと流れ込むものがあった。
この小屋で、ユリは腕の中で二つの命を抱えていた。幸せそうに笑んでいて、春の陽だまりの届く小屋の中で、二つの命を抱えている。そうして実体のないはずの俺に笑いかけて、あなた、と呼ぶのだ。
ほら、見て、とてもかわいい命よ。とユリはそれらを俺に見せた。残念ながらその命たちの顔は鮮明には映されず、どのような形であるのはわからなかった。けれど、そうだ、それはとても温かいものだということはわかった。
この子達はきっと証明してくれるわ。とユリは言った。何をだ?と夢の中で問えば、人と悪魔が共に生きることができることをよ、と答えた。顔のわからない夢の中の二つの命。
俺はそれを見て、なんだかできるような気がしてきた。この命達になら、それが。
ユリと共にあってこの二つの命が腕に中にある。そんな愛しい世界が、俺にはあるのだと思うと、俺は、このとき、初めて愛することの意味を理解しただろう。
なあ、ユリ。
俺達は幸せだったよな。俺はおまえを愛していたし、おまえも俺も愛していたよな。悪魔と人間は共に生きていけると理解し合えていけると、愛し合えていける、と。そうすれば世界はもっとやさしくなる、と。
おまえは最後の最後までそう訴えていて、俺もそれが可能なような気がしていた。なぜなら俺達にそれができていたからだ。俺はおまえが世界を信じたように、俺も世界を信じていた。
それなのに、何故だ、ユリ。
何故、その世界がおまえを殺したんだ。
なあ、ユリ。
おまえの声が聞こえない。おまえの存在すら感じられない。そうかこれが死というものなんだな、ユリ、違うか?ああそうかおまえはもう答えてはくれないのか。
ユリ。おまえにはまだまだ教えて欲しいことがたくさんあった。おまえとあの世界のことも、おまえと育むはずだった命のことをどう扱えばいいのかも。ユリ。俺はまだまだ何も知らなかったんだよ。
だから答えて欲しかったユリ。答えてくれ。おまえはなんでも俺に教えてくれたから、だから、俺の今感じているこの気持ちはなんだ、答えて欲しいユリ。おまえが教えてくれたあの世界。あの
素晴らしいと感じていたはずのあの色鮮やかな世界が、どうしてだろうか、今はひどく醜く見えるのだ。くらくくらく、澱んで見えるのだ。おまえの教えてくれたあの世界の全てが、俺は、憎い。
憎いんだ、ユリ、壊したくて仕方がない。どうしてだろうなユリ。どうしてだろうな。おまえのこともあの世界のことも、俺は確かに愛したのに。おまえがやさしいのだと言ってくれたこの炎で、何もかも燃やして灰にしてしまいたい。
壊してしまいたいのだ。おまえを奪ったあの美しくも、醜かった、世界を。
なあユリ、答えてくれ。教えてくれ。
おまえは俺を愛してくれて俺はおまえを愛したのに、それだけだったのに、どうして、駄目だったんだろうな。何がいけなかったんだろうな。
愛していた、だけなのに。
それだけだったのに。
2011.9.23
読んでくださってありがとうございました。