いっそ爆発してしまいたい。
通算9本目のチョークをぼきんと折ってしまった。いやもう内心授業どころではない。今日、起きて学校に行って塾へと足を向けたことだけでも自分はよくやったのではないかと思っている。
学校はともかく塾の扉をくぐり、昨夜すごく申し訳ないことをしてしまった勝呂と目が合ってしまってからいっそ鍵を使って今すぐ逃げ出したかった雪男であった。
仮病を使って休まなかっただけでもよくがんばったと思う、自分。もう恥ずかしいとかそういことを通り越して、いっそしにてえ、と思うほどのことが本当にあるのだと昨夜実感したばかりだ。
しかし一日仮病を使って休んだぐらいで明日にはどうにかなるのか、否、ならない。ならばめげずに顔を出して、
普通に授業をすることを心がけてしまえば、この壮絶な、羞恥心とか後悔とか罪悪感とかとにかく、やっちまったー!!!!感一杯でいっそ僕の人生は終わったのではないかとさえ思ったこの心境もすぐになくなってくれるはずだ。
そうだ、忘れるのだ。削除するんだ頭の中を。昨夜のとんでもない失態の記憶を。と、雪男は昨夜から今までひたすらそう自分に暗示をかけ続けていたのだが、
それも塾の教室に入ればあっさりと砕け散った。
そうだ、そんな簡単に都合の悪いことをなかったことにできるなら、知らぬが仏などという言葉はきっと存在しない。
人間の記憶というのは自分の都合の悪いことや壮絶に恥ずかしいことやもう死にたいぐらいの大失態なことになればなるほど、まるでタワシで洗ってもちっとも取れない鍋の底の焦げのようにへばりついているものなのだ。
くっそ、いっそ頭の中タワシで「昨夜の記憶」という焦げを全力で洗って削ってしまいたい。雪男は切実にそう思う。しかしここまで授業を続けたことはさすがに雪男であった。しかし、いっぱいいっぱいであった。
先ほどしえみにずっと教科書を逆さに持っていたことを注意されてしまってから、穴があったら入りたい、と笑顔の下で雪男は思った。いつから教科書を逆さに持っていたんだ僕、最初からかならば今まで教科書に目を通していたのに何故それに気付かなかった。
もう穴だけでは足りない。
いっそ地球のマントルまで沈んでしまいたい、そしてマグマで溶けてしまえばいい僕なんぞ。
ぼきん。通算10本目。
そこでついにずっと心配そうに自分を見ていた燐が「雪男、大丈夫か?」と聞いてきたのだが、そこで溢れる色んなものをぐっと抑えて「大丈夫だよ」と(若干引きつった)笑顔で答えられた自分を自分で、よくやった、と褒めたいぐらいだった。
いや昨夜から何一つ、褒められることしてないけど。
ああ、兄さん!
昨夜はなんとか乗り切ったが、このことが兄にばれなくて本当によかったと思う。ばれていたらきっと「だからあんなメールもう止めておけって言っただろおおおお!」と軽く一ヶ月ぐらい口を利いてくれなかったに違いない。
そう以前から兄は注意してくれていたのだ、あんな…あんなメールはもう止めておけ、と。
そこでギリギリまで抑えていたはずの昨夜の記憶が、ぶわあああ!と蘇えってきてしまったのは誰も責められまい。
ああ僕は、なんで、あのメールを!勝呂君に誤送信してしまったんだあああああ!!!!
違うんだもちろんわざとなんかじゃないし罰ゲームでもない!僕は昨夜正常だった!ただ最近また視力落ちたから度の合わなくなりつつあったメガネのちょっとぼんやり歪む視界の中で、
そういえば勝呂君にも今度の個人訓練の日程を後でメールしておかないとなーその前に兄さんに夕飯のおねだりメール送っておかないとなー、なんて疲れた頭で歪む視界で二重に考えた上に宛先を確認せずメールを送ってしまったのだがいけなかったんだ!
全てはメガネのせい!いや変な責任転換は止めておこうメガネは無機物だ!はい僕のせいです!ちゃんと宛先確認せずにあろうことは三回も!それ以前に、兄にもうこういうメールはやめろ!と言われたときに、
普通?普通のメールってなんなの兄さん?僕にとっては To 兄さん のメールはこれが普通なんだよ。
大丈夫だよ他の人にはこんなメールしてないし。そもそも僕がメールを誰かに見られたりとか誤送信してしまうようなミスをすると思うの?兄さんじゃあるまいし、ないない。
と聞く耳持たなかったかつての自分に「いっそ死んでくれえええええ!」と銃を向けて本気で撃ってしまいたい!いや昨夜の自分を撃ってしまいたい!ほんとうにどうして僕あんな!ああもう恥ずかしくて死にたいいいいい!
あれを、あれを全て第三者にあろうことか勝呂くんに!でも勝呂君だっただけマシだったんだろうか…否!誰であっても第三者に見られたのは変わらない!問題はそこなんだ!いやいや、あの優秀な生徒に送ってしまったこともやはり問題か!
誤送信を受け取ってしまったときの人の心境、一体どれほどの苦行であったことか、そして現在進行形で!ああ僕は自分が羞恥で死にたくなるだけならまだしも被害者を作ってしまったのだ!神父さん(とうさん)
ごめんなさい!きっと雪男の神の扉は閉ざされました!だってあんな、あんな、
兄さぁんのちっちゃい「ぁ」とか。
雪男鍋とか。パーフェクトプリンとか。 (*^v^*)とか(人´∀、`〃)。o○とか(*・ω・*)とか(*>ω<*)オイチカッターとか(*´∀人)とか(`・з・)ブーとか(`ω´*)とか。
お鍋よりもプリンよりも兄さんを食べちゃ、うわああああ!!!!違うんだー勝呂くん!あの兄さん食べたいっていうのは兄さんのベッドに潜り込んで兄さんが眠っている間に、
うなじとか髪の毛とかにちょっとだけ、ちゅー、するぐらいの意味合いしかなくて僕達は清い仲なんだ!それだけは誤解しないでくれえええええ!!!!
と、いう心の中の全力の叫びと弁解をせめて声に出さなかったことは褒められることかもしれない。しかし、たとえ勝呂と二人だけの空間でこのような弁解をしたろころでますます顔を合わせずらくなることは明白である。
雪男は必死に抑え留めた。もう泣きたかった。授業を全てやり遂げることができねえ、と感じて急遽小テストを生徒たちにやらせることにした。しかし、10点満点での緊急小テストをその場で採点してしまったことで、
雪男はさらなるどん底に突き落とされる。
勝呂竜士、1点。
1点。あの優秀な生徒がいってん。
僕のせいですねそうですね。もう雪男は教壇に思い切り頭をめり込ませて土下座したかった。兄の燐でさえ3点取れたこの小テスト。兄の燐にさえ負けたのである。
それだけでどれだけ彼が今日一日混乱しまくりだったのか想像に難くないというか、あんなメール見せられて、あろうことかあんな電話までされてしまっては当然だ。
僕はなんで!僕はなんで!あの時電話をしたのか!正直あまりのビックショックに頭が真っ白になってとにかくお互い忘れないと!とパニックになったのがいけなかった!
忘れるためにした電話がこの先一生忘れられないような電話になってしまったんだよ逆に!
電話を切って我に帰ってからは本気で電柱におでこをぶつけたくなったけど、怪我したら兄さんに不審に思われるからケータイを真っ二つに折るだけで済ませました!
おかげで明日はケータイショップ直行です!
兄に気付かれる前にケータイショップに直行します!なんか色々大事なデータとか連絡先とか全部飛んじゃったけど、
昨夜の僕が失ったものに比べればそんな無機質な情報などなんだというんだあああああ!!!!
そして授業中ずっと勝呂が、ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ、と経を唱えていたことも(本人声に出していないつもりだったのだろうが駄々漏れであった。そして怖くて誰もつっこまなかった)雪男を追い詰めた。追い詰めまくった。
ああ本当にごめん勝呂君。いっそ死んでしまえ僕。ぶるぶる震える手を必死で押し留めて、わずか1点の小テストを勝呂に返却するとき、雪男はずっと天井だけ見ていた。
「…もう僕は爆発したい!!!!」
その日の夕飯で出てきた雪男鍋、改め、雪見鍋を見たとき雪男の色々なものは限界点を突破した。
「え、ちょ、雪男おまえ何言ってんの!?」
おたまを持ったまま駆け寄る兄の燐を遠慮なく両腕で抱き潰す。ぐえ、という声がしたのだが構うものか。
「兄さん!僕はもう耐えられない耐えられないよおおおお全てを忘れられる明日が来る気がしないんだああああ!もういっそ死にたいよおおおそうだ兄さん一緒に死のうよおおお!」
「うわあああ雪男、落ち着け落ち着けー!そしてつまようじで手の甲刺したぐらいじゃ人は死ねないんだよ!おい、痛いっていうかくすぐってえから兄ちゃんの手の甲につまようじを刺すのはヤメナサイ!
とにかく座れ、そしてあったかい雪男な…いや雪見鍋食っ」
「兄さんにはこの苦しみはわからないよおおお!…そうだ、もう兄さんが悪いんだー!兄さんが兄さんが可愛すぎるからああああ!!」
「なんか全然わかんねえけどすっげ理不尽な気がする!なあおまえやっぱり昨夜からおかしいよ!兄ちゃんにできることあったらなんでもするからさ、死ぬ以外に!ってだからー
手の甲につまようじ刺すな!!」
うわあああ、と兄に縋って号泣する雪男。テーブルの上の雪見鍋と…残っていたひとつだけのチョコ味のプリン。それを残してくれたのであろう勝呂のことを想像するだけで、いっそ鍋を頭から被ってしまいたい。
食べ物を粗末にするな!と燐に怒られるからしないけど。雪男はもう耐えられなかった。そしてヤケっぱちであった。もう羞恥心は落ちるところまで落ちたのだからこれ以上落ちるなんてことはないだろう。
ならばそうだ、欲望に従ってしまえ、それで全部忘れてしまおう。なんだもう兄さんがかわいすぎるのがいけないんだ、うんそうだ、ならばこのどうしようもない色々沸騰しているあれは兄に癒してもうらうほかないだろうが!
と雪男はまさに自暴自棄になったのだが、それを止められるものはどこにもいない。
「…じゃあ今日は、あーん、してご飯食べさせてプリンも!」
「……いや雪男さん…何でもするとは言ったけど、それはいくらなんでも…」
「死んでやるー!!!!」
「だーかーらー!ケチャップ飲んだぐらいじゃ人は死ねないよ!!ケチャップもったいないからヤメナサイ!ああもうわかったわかったから!ほ、ほらー雪男ー雪ちゃーん!あーんしろ、な!」
「あと後でお手手もモミモミしてええええ!!!!」
「わかったする!モミモミするもうおまえが正常(?)になってくれるなら兄ちゃんなんでもする!なんなら今日は添い寝もしてやる!」
「うわああああんもう全部そんなに僕を甘やかしてくれる兄さんのせいだー!でも大好きだあああああ兄さんーーーーーーーー!!!!」
「おう、俺も大好きだ雪男おおおおおおおおお!!!!」
その日の夜、ぐすぐす原因不明の夜鳴きをする弟を必死で寝かしつけた兄が、ふかーーーーーい、ため息を吐いたことはクロだけが知っている。
2011.12.4
いっそ私が地球のコアまで沈んで消滅すべきかと。