大勢の人達が行きかう正十字学園内にある駅の中。
私は腕時計を見ながらなかなかやってこない、相棒を待っていた。カントリー風に皮のベルトでできて、
かわいいビーズで飾られているこの時計は一年前同時に祓魔師になれたその相棒と記念に、って購入したお揃いのものだ。
ただ今は少しイライラした気分で針の進む腕時計を見つめている。任務地に向かう電車が来るまであと5分。間に合うのだろうか。
この一年で色んな任務をこなして色んな場所に行ったけど、まだまだ新人の私達は今までベテランの人達とペアにされていた。
でも今ようやく独り立ちできそうな時期だっていうのに。
いきなり遅刻はいただけない。ケータイで連絡しよう、と思い取り出したときにようやく、向こう側から黒い髪を揺らして相棒がやってきた。走っている。
「ごめん、遅れちゃった」
「もう、時間ぎりぎりだよ!」
任務で必要なたくさんの道具を持っている相棒に駆け寄って、荷物を一つ持つ。黒いコートと医療で必要なたくさんの道具にこれは見えないけど、コートの内側にある銃。
どっしり重いそれの感触は今ではもう当たり前のものになりつつある。大勢の人達の視線がいくつか焦っている私達に向けられていたけど、無視だ無視。
私達がどんな仕事をしているかなんて、わかっている人だけわかっていればいい。
焦りからか首筋に汗をかいていた。一年前にばっさりとショートにして、私の尖った耳は丸見えになるようになった。
対して相棒はそれから私の代わりのように髪を伸ばし始めて、今では肩より少し下ぐらいまでになっている。後ろで一つに束ねられるのでむしろ涼しそうだ。
私はショートなので中途半端にうなじに髪が当たって暑い。
荷物を二人でよいしょと抱えながらあいている手で、とりあえずうなじを軽く拭こうとポケットに手を入れるも、いつも使っているハンカチがなかった。
あれ?と思いポケットを探るもどこにもない。
「落し物?」
「そうみたい…どうしよう、大事なハンカチなのに」
「まだ2分あるから探そうよ」
貴重品の入った荷物を置いておくわけにもいかず、荷物を抱えたままホームの床を睨みつける。ああこれじゃあ遅刻しかけた相棒のことをどうこう言えない。
あと2分しかない。腕時計を睨みつつ、床も探すけど、見付からなかった。どうしよう。とますます焦る。大事なものなんだ。絶対なくしちゃいけないような。
「これ、あんたの?」
床ばっかり睨んでいた私の目の前に、すっと、探していたハンカチが差し出された。
クローバーの刺繍のハンカチ。
間違いなくて驚いて顔を上げれば、そこには20歳半ばぐらいの季節にあった薄いシャツを着た若い男の人がいた。
青みのある黒髪に、日焼けをしたほんのりと小麦色の肌。鼻筋は通っていてちょっとかっこいい人だった。
ただ左の頬には大きなガーゼをしていた。
頬に怪我でもしているんだろうか、と思った。
そしてぽかんとしている私を見つめる、釣り型の青い目。
それはとても優しく柔らかく私を見つめている。
「え、あの…」
「大事なハンカチなんだろ?」
ちょっと低いけど滑らかなまだどこか少年のような声。
それはとても心地よく私の耳を撫でていく。
ハンカチを私の手に握らせて、そのハンカチを握っていた手の甲にも大きなガーゼがあったけど、キレイな桃色の爪はしっかり生え揃っていた。
「………」
「ほら、もう行けよ、遅れるぞ」
後ろで私を呼んでいる相棒の声が聞こえている。電車の発車するアナウンスが響いていた。
「…あの……」
何か、言おうと思ったけど。その男の人は、しーっと秘密の話をするみたいに人差し指を口の前に持ってきて、にかっと子どものように笑っていた。
キレイな笑い方だった。
「…ありがとうございます」
「おう、ほら、もう行けよ」
促されるままにその人に背を向けて、走る。どきどき心臓は高鳴っていた。焦りとかのせいじゃなくて。
同時に胸から込み上げる例えようもないほどの、何か。溢れ来るそれは、人は愛に似たものというのだろうか。悪魔の私もそれを持っていていいのだろうか。
そんなことを一瞬で考えつつ、扉が閉まる直前になんとか電車に乗り込んだ。相棒と私を乗せて、新たな任務地にそれは私達を運んでいく。動き出した時に、
思わず窓を見た。ホームの中にその人はまだ立っていて、私をずっと見送っていた。そして見えなくなる直前に、
その人の口は確かに動いてこう言っていた。
『がんばれよ』
何度も頷く私を不思議そうに覗き込んだ相棒が「え、なんで泣いてるの!?」とびっくりしてとりあえずポケットテッシュをくれた。
それで目を拭いつつ、
手の中にあるハンカチを握りしめて、私はそっと目を閉じた。
そっと胸の中で祈る。
悪魔の私が神様にお祈りなんて、神様は聞いてもくれないかもしれないけど。
でも私は目を閉じて。
どうかずっと二人の幸せが続きますように、と。
2012.6.24 完結 ありがとうございました!