胚に満ちる血液

 

ハッピーバースデー---------------



虚無界の神であり父ともいえる魔神の陽気な歌声が、どこからか聞こえてくるのにメフィストは気付いた。隣の藤本は気付いていない。 目の前で今まさに悪魔の仔を産み落とした女とその赤子に目を見張るばかりである。メフィストも生れ落ちて血にまみれた魔神の仔をみやる。 別段悪魔の出産などそう目にかかる機会がないにしても、メフィストにとっては異常性を感じるものではない。けれど人にとっては違うだろう。 女からはどくどくと赤黒い血が溢れてきている。止まる気配がない。異常分娩だ。これが魔神の仔を生んだせいなのか、それとも どうであってもこういう運命であったからなのか、それを知るすべは誰にもない。もっとも生まれてきたのが魔神の仔という点で、人にとっては正気の沙汰ではなかった。 女、ユリ・エギンはもう、ぴくり、ともしなかった。事前の検査で二卵性の双子がいることはわかっていたので、後で腹を裂いて二人目の子を取り出さなくてはいけないだろう、と 冷静に考えた。もう一人は人の子のはずなので、早く出さねば死んでしまう。
そして先に生まれた血にまみれる小さな体の仔が鳴いた。耳は鋭く尖り、尾てい骨から悪魔の尾がゆらゆら揺れている。そしてなにより、ぼう、っと青い炎を身に纏っている。 その赤子は、ぎいぎい。と鳴く。人にとっては耳に不快な硝子を削るような産声に、藤本が嫌悪感を露にする。
「これはこれは、元気な仔だ--------」

さあ、どこにいる我が息子-----

陽気で不気味な声がする。半分、歌っている。青の炎の噴出す気配がする。どこかで手当たり次第に祓魔師にとり憑いて仔を探しているのだろう。その荒っぽさをさすがに魔神だと思うと同時に、 決して紳士らしくはないと思う。しかし、あらかじめ張っておいた結界があるので魔神が仔を見つけることはないだろう。その代わりに何人の祓魔師が死ぬだろうか。 罪の意識はなかった。ただこの先の被害のことを考えると頭が痛いだけだった。藤本の降魔剣を握る手が白くなっていた。本人の顔を青ざめているといえば、言ってる場合か!と 言い返されるだろうか、と思った。とうとう藤本が痺れを切らして、どうする!?と怒鳴ってきた。メフィストはあらかじめ考えていた通りに実行するまでであった。 血にまみれた仔を抱き上げる。ぼたぼた。生暖かい血がしたたる。ぎらぎらと青い炎を噴き、目を獣のように輝かせている。かあ、と開いた口はまだ歯も生えていないのに、 噛み付こうとしているようだった。青い炎がメフィストの腕をわずかに焼いたが、まだ力が小さくて大したものではない。けれど、このままでは、数時間と経たずに完全なる 悪魔と化して父親の元へ行ってしまうだろう。
そういうわけにはいかないのだ。
ぐっと。小さな胸の左側に手を当てる。ずぶずぶ、と沈みこむ。藤本がこの世ならざるものを見るように、ぎょっとしてその光景を見ている。 何対もの悪魔を祓ってきたはずの男でも、こういう光景には驚くのだな、とメフィストは歓心した。物質界にて決してあるべき行いではない。
小さな小さな悪魔の心臓を掴む。
ぎゃ、っと赤子が鳴いたとき、死んでしまうぞ!と叫んだのは藤本だった。この男にも人らしい情けがあったのか、とまたもや意外に思った。
「死にませんよ。生まれ変わるんですよ、人に」
それも一時的でしかないわけだが、少なくともしばらくは人として生を受けた形で、この悪魔の仔は生きていく。将来、悪魔として目覚めたときに、青い炎を 再び纏ったときに、仔は二度目の誕生日を迎えるのだ。

ハッピーバースデー、我が息子-------------

悪いがそれは当分先だ。

「…ハッピーバースデー…仮初の人の仔よ」

口の端を上げて悪魔の心臓を取り出した自分にこそ、藤本は一番の異常に感じているのだろう。
それでいい。結局は、悪魔と人である。
結界を張るためにユリ・エギンの側にあった聖杯には、赤黒い血が溢れて止まらなかった。



2011.5.22

5月のSQから、青い夜は双子が腹にいた後に起きていたと判明したので、もしかして燐を連れて行くためだったんじゃないかと思って…。