「ねえねえ、これとうさんの写真?ここにうつってるのはとうさん?」
ああ、懐かしいものを出してきたね。また勝手に父さんの書斎に入ったんだろう。うん、まあいいよ、その代わり今日の
学校の宿題はちゃんとやるんだよ。それでどれどれ?ああこの写真か、よく見つけたね。うん、そうだよ、ここに
映ってるのは父さんだ。若い頃の父さんだよ。
「じゃあわかいとうさんのとなりの人は誰?」
ああ、その人はね、父さんのお兄さんだ。え、とうさんにお兄さんがいたの?って。そうだね、そういえばおまえにはあまり
話したことなかったね。うん、いたんだよ、父さんにはお兄さんが。双子のお兄さんがいたんだよ。双子っていうのはね、一人のお母さんから
同時に子どもが二人生まれることだよ。おまえにはまだ難しいかな?
「お兄さんなのにあんまりにてないね」
はは、うん、そうだね。その頃もよく言われてた。双子なのにあんまり似てませんね、って。確かに全然似てなかったんだ。父さんとはまったく正反対な人でね。
おバカさんで、ちゃんと見てないとすぐどっか行っちゃって世話を焼かせる人でね。でも、強くて純粋で、とても優しい人だった。
「とうさんもやさしいのに」
そうかい?そんな風に言ってくれるのは、おまえとおまえのお母さんだけだよ。ああ、そうだ、この写真はね、父さんのお兄さんが祓魔師になった日に記念で撮ったやつなんだ。
お兄さん、すごくうれしそうに笑ってるだろう?父さんは呑気なそんな兄さんにちょっと呆れてるけどね。このときのことはよく覚えてるよ。
桜が咲き始めた頃だった。満開まであとちょっとの頃だった。
「とうさんのお兄さんは今はどうしてるの?」
…ああ、そうだね。そうだ…おまえはもう6才だし、こういう話は少しわかるだろうと思うから話すけど…父さんのお兄さんはね、
もう会いにきてはくれないんだ。会えなくなっちゃったんだよ。違うよ、兄さんが父さんにいじわるしてるんじゃない。もう会えないんだよ。まっくらな
世界の底の闇に落ちていってしまってね。もう会えないんだ。
「しんじゃったの?」
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。おまえにはまだわからないかもしれないけど、父さん以外の人は皆、お兄さんは死んだよ、って言うんだけど、
父さんそうは思ってない。でも、もうあの兄さんに会えることはないだろうってことはわかってる。ねえ、おまえ、この世には、
死んでいる生きていることを通り越してしまうものっていうのが、確かにあるんだよ。少なくとも父さんはそれを信じてる。おまえにはまだ難しいかもしれないけど、
父さんはそう信じてるんだ。だから、父さんは、今まで一度も兄さんが死んだなんて思ったことはないんだよ。でも会えないけどね。
「…あえなくてさみしい?」
うん、寂しいよ。すごく寂しい。騒がしくて本当に暇を与えない人だったからね。でもすごい人だった。
「すごい人だったの?」
うん、すごい人だったよ。父さんはね、おまえぐらいの年の時に兄さんを守れるように強くなろうって決めたんだ。兄さんは昔は弱かった父さんをいつも
助けてくれていたから、守ってくれていたからね。そうして父さんは父さんなりに
がんばった。兄さんを守れるようにって。それで、父さんなりにがんばって守ってきたつもりだったんだ。でも、今から思えばね、人を守りたいってそうやってムキになって
意地になってすることじゃあなかったんだ。その頃の父さんは気付いてなかったけどね。でも兄さんは誰に教えられなくてもそれを
わかっている人だった。無意識にね。本当の意味で人を守れる「人」だったんだ。そうしてたくさんの人達を守って救ってきた。父さんもその一人だ。母さんもだよ。
父さんの友達も、その友達も。みんな兄さんに守られたんだ。
最初の時から最後まで、兄さんは父さんを守ってくれていたんだよ。ずっとね。そうだったんだ。兄さんはだからすごい人だった。いいかい?
おまえにはまだ難しいだろうけど、兄さんに守られた父さんがいたから、今、おまえはここにいるんだよ。
おまえだけじゃあない。父さんの友達もその友達が繋いだ命の全部が。
「…そっか。じゃあ俺、とうさんのおにいさんに、ありがとう、っていわなきゃね。とうさん守ってくれてありがとうって。言いたいな。
どこへいけば聞いてもらえるのかな?しんでないならあってみたいな。あ、でももうあえないんだよね。なんだか俺もさみしくなってくるなあ」
そうかい。ふふ、じゃあお空に向かって、ありがとう、って言ってあげなよ。あの青い綺麗なお空にね。そうすればきっと兄さん聞いてくれてるよ。
「あれえ?お兄さんはお空にいるの?まっくらなところへ落ちちゃったんじゃないの?」
そうだね。それが父さんの見た兄さんの最後の姿だけど、父さんはね、兄さんはその後、あの真っ青な場所へ行ったんじゃないかって思ってるよ。
ほうら、あの辺かな?あの真っ青なお空がずっと濃いところ。兄さんは、青の似合う人だったからね。きっとあそこで兄さんは、父さんの父さん、つまりは
おまえのおじいちゃんだね。そのおじいちゃんと一緒にいるんじゃないかな?いや、絶対、一緒にいるだろうね。…父さんもいつかあそこへ行こうと思ってる。
「えー、やだやだとうさんも行くなんてやだ!俺がさみしいよ!」
ああ、ごめんごめん。そんな泣きそうな顔をしないで。そうじゃないよ。それはまだまだずっと先のお話だ。父さんがもっともっと年を取ってからのお話だ。
「ほんとに俺といっしょにいてくれるとうさん?ずっとずっと」
うん、ずっとおまえの側にいるよ。
もっともっと長生きてし、おまえが立派な子どもになって大人になってまた父さんのように家族をつくって、それから先も、父さんはずっとおまえと一緒にいるからね。
だから泣かないでね。今すぐなんかじゃないから。長生きするんだ父さんは。だって兄さんが守ってくれた命だからね。ほらほら泣かないで。笑って。
はは、泣きながら笑うなんておまえは素直だね。…おまえの表情がすぐ変わっちゃうところは兄さんによく似ているよ。
「えー、俺このお兄さんに似てるの?」
うん、似てる。おまえが生まれた時から、似てるなー、って思ったんだ。ほらほら、笑うとすっごくそっくり。
「そっかーじゃあ俺もすごい人になれるかな?それでお兄さんみたいに父さんと母さんまもれるかな?」
…そうだね。おまえなら、きっと。でも、父さんと母さんもずっとおまえを守るよ。おまえがいつか父さんと母さんを守れるほど強くなってもね。
本当に必要なとき、父さんはおまえを助けるよ。守るよ。誓うよ。…今度こそ。
「よし、俺はつよくなるぞ!父さんのお兄さんみたいに!」
うん、立派な目標だね。父さんもおまえと同じ気持ちでずっと生きてて、今もそうだよ。すっかり元気になったね。さっきの泣きベソはどこいったのかな?ははは、
怒らない怒らない。怒った顔も兄さんにそっくりだね。……ああ、ほら母さんが僕たちを呼んでるよ。もうご飯の時間だね。今夜はスキヤキだって母さん言ってたよ。
「やったー!すきやきだ!はやくいこうよとうさん!」
おまえは本当にスキヤキが好きだね。ほらほら、慌てない。まず手を洗ってうがいしようね。そうして下へ降りて食卓であったかいご飯を父さんと母さんとおまえの三人で、
食べようね。ほらほら、慌てないでって。
そんなあわてんぼうなところも本当に、
ああ、だから待って、手を洗いなさい。待ってって、 --------
「ねえ、とうさん、とうさんはそのお兄さんが好きだった?」
うん、大好きだった。ずっと笑っていて欲しかった。ずっと一緒にいたかった。でも、今はそんなに悲しくないかもしれないね。だって、おまえがいるからね
燐 -------------
2011.5.31