とある上級監察官の休日

 

「俺、できちゃったかもしれないんだ」



ぶっー!!
せっかく口に含んだ今まさに喉に流し込むはずだった冷えたビールを噴出してしまった。マジでマンガみたいに。 テーブルの上にあった燐が作った数々のおつまみも台無しだ。ああもったいねー…ってそうじゃない。こいつは今なんて言った?  なにやってんだよシュラきたねーな!と呑気にテーブル拭いてていい場合じゃないだろうという台詞を吐かれたのは間違いにゃいはずなんだけど!?
「…おまえ、何言ってんの?」
あたしはまだ半分も減ってないビールの缶をとりあえずテーブルに置いて、肘をついたまま目の前の弟子、ついでにビビリメガネの姉である奥村燐を見据える。 今ここで鏡があれはあたしは確実に引きつった笑みを口に浮かべていたことだろう。
「いや…だから……でででで、できちゃったかもしれないんだ…」
「…何が?」
あたしだってもうにじゅうろ、じゃなかった、18歳の青春真っ盛りの女である。このようなとんでも台詞を第三者から言われたことは今までないわけでもないわけで。 まあそういう奴らは大抵、もう結論出た上であたしに相談してくるパターンばっかりだったからな。みんないい年だったし。こういう台詞を吐かれたのは、今回を除いても三回目ぐらい…(世の中不潔ねいやーん)。 その三組とも幸いにも幸せな選択をしたわけですが…だがしかし!今その台詞を吐いたのはまだ16歳になったばかりの、しかも普段そういうことには疎く程遠いように思っていた、あたしの、弟子だ! いきなり信じられようか。それともあたしの勘違いだったのか?と聞き返すのは無理もないだろう。
「い、いや…だからさ…え、えーっと…えーっと、あれだよあれ…」
「なんだ新作の料理か?」
「ちげーよ!あれだよもーいわせんな…!………赤ちゃんだよ!」
尖った耳まで真っ赤にしてもじもじし始める愛弟子はまあかわいいがけど…その牙の覗くかわいい口から出される言葉がなんかもうかわいくないとかいうまえに生々しい。
あたしは確かに燐から告げられた言葉に一瞬思考が停止してしまった。こいつは今なんといった?できちゃったとな?赤ちゃんとな?

マジか。

あたしだってもうにじゅうろ、じゃなかった、18歳の青春真っ盛りの女である。このようなとんでも台詞を第三者から言われたことは今までないわけでもないわけで。 まあそういう奴らは大抵、もう結論出た上であたしに相談してくるパターンばっかりだったからな。みんないい年だったし。こういう台詞を吐かれたのは、今回を除いても三回目ぐらい…(世の中リア充ってやつばっかり!)。 その三組とも幸いにも幸せな選択をしたわけですが…
だがしかし!
今その台詞を吐いたのはまだ16歳になったばかりの、しかも普段そういうことには疎く程遠いように思っていた、あたしの、弟子だ!
いきなり信じられるかそんなこと!ようやく燐に言われたことが頭に入ってきたのは、とりあえずビールを一口飲んで、被害のなかった燐お手製のおつまみを一口ぱくっと口に含んでからだった。 うん、辛味があってちょうどいいおつまみだ。ってほんとうにそうじゃなくてだな…。あたしは、ああもうすっごいめんどくさいことになりそう…とすでにげんなりしながら顔を真っ赤にさせたり真っ青にさせたりしている燐と向き合って、 腹を据えたわけである。久々のほんっとに久々の、休日を!犠牲にするのを、覚悟して!!なんでこうなった!?あたしはただ、この休日はずっと旧男子寮で燐お手製のおつまみと秘蔵の酒でだらだら一日(小うるさいメガネもいねーし!) すごそうと思っていただけなのに!神様、あたしは日々この体を駆使して悪魔退治してるっていうのになにこの仕打ち、あたしなんか悪いことした!?








旧男子寮の食堂であたしは燐がおつまみを作り直している後姿を見ながら、ぬるくなってしまったビールを流し込む。エプロンつけたその背中はまだ肉付きが悪くて、 触ったら(ていうか実際ふざけて触ったことあるけど)骨の感触の方が強い腰つきなわけで。まあおっぱいは年の割にはまあまあだと思うけど。腰の肉付きは悪いけど安産型だよなーってそうじゃない。いやそういう方面の話をするわけだけどさ、これから。

燐はちょっと緊張した面持ちでできあがったばかりのおつまみをあたしの前に出す。無事祓魔師の試験に受かって晴れて騎士の資格を取った燐は、それまで邪魔だからと言った色気のねー理由で短かった髪を何故か伸ばしはじめて三ヶ月ほど。 今では肩にかかるぐらいになっていてクセ毛だったのに何故かさらさらし始めそういえば体からも髪からも以前のとは違ういい匂いがするようになった。 今から思えば兆候というか…男の影はあったわけだ。何故気付かなかったあたし。そしてあたしでも気付かなかったぐらいだから、いつまでもお姉ちゃんは清からなままに!と かなり本気で思っちゃってるあのシスコンビビリは気付いているわけがない。気付いていたらとっくにもっとめんどうな事態になっているはずだ。
とりあえず、新しくできたおつまみを食べる。うん、美味い。ビールも新しく冷えたやつを出してもう最高。だけど如何せん、燐から流れる空気が辛気臭いんだよなあ。しょうがないけど。
「…ていうかなんであたし?」
「…こ、こんなことしえみや出雲に相談できるわけねーだろ!? 雪男に相談したらおっそろしいことになりそうだったし!」
うん、その判断はたぶん間違ってない。おかげであたしはとばっちりを現在進行形で受けているわけだけど。
「で、相手だれ?」
とあたしが単刀直入に聞けば、燐は、ぶっと噴出した。
「い、いきなりそこからか?!」
「ったりめーだろ、おまえ何言ってるの!?赤ん坊がキスだけでできるとかコウノトリが運んでくるとか思ってたのかよ!?」
ぼ!っと赤くなる燐の顔を見て…あーあ、こいつ相手ができる前はマジでコウノトリがどうとか思ってたんだろうな…って確信した。獅郎よあんたは娘の性教育をどうしていたのだ? いや男親が娘にそういう教育はすげーしづらいってことぐらい、あたしにもわかるけどさ。しかも、こいつ保健体育の授業だって碌に聞いていなかったに違いない。
「っていうかいつから気付いた?」
「…つ、つい最近…あ、あれがなんかその…遅れてるなーって思って…」
「…どれぐらい?」
「…三週間ぐらい、です」
語るたびにしゅんと尻尾とともにしょげていく燐。
「…他には?」
「…遅れてるって気付いたぐらいからそうかもしれないって思い始めて…そっからなんか食欲なくなったり食っても吐いたり…できちゃった時ってそうなるんだろ?」
あー…っとあたしは顔を手で覆った。
「ちゃんと調べたのか?病院とかは?」
「そ、そんなの恐くて…いけねーよ!だから先にシュラに相談してるんじゃねーか!!」
うん、その判断も(不本意だけど)間違ってはいないだろう。なにせ燐はサタンの落胤だ。妊娠したと先に騎士団にばれるような事態になればそれこそ身柄拘束で何をされるかわかったもんじゃにゃいからな。 …なんていうのか本当だったらあたしも「おーなんだよかったじゃん。おめっとー!」と軽く言うだけで済ませたいけどそういうわけにもいかないのがこいつの身の上なわけで。あーマジめんどくさ…いえ、 緊急事態ですね、うん。
「…で、相手は?」
「…言わなきゃダメか?」
往生際の悪いできのよろしくない頭をぱんと叩く。いってーな!と涙目になっていたが知ったことか。おまえこそこの期に及んで何を言っている。
「あったりまえだろ!?燐一人の責任じゃねーんだぞ!?さあ吐け吐け、相手は誰だ!?そしてそいつとよおおっく話し合え!そしてあたしに残りの休日をだらだら過ごさせろ!? そしてビビリメガネに怒られてしまえ!」
痛い痛い!と叫ぶのも構わずぐりぐりと拳で頭をえぐる。その空っぽな脳みその代わりにあたしは咄嗟に可能性のありそうな男を思い浮かべた。
普段、燐と接触がある男子は塾の中だけでも5人。
「…勝呂か?」
ぎょっと顔を赤くしながらぶんぶん首を振って否定。ん、何気に可能性ありそうだったんだけどにゃー。
「志摩か?」
これも否定。うん、一番可能性高そうだと思ったんだけど、ほら普段素行があれだから志摩は。
「三輪か?宝か?」
これも否定。っていうか子猫丸は俺のマスコットだ汚すんじゃねーよ!と言ってきやがるのでちょっと首絞めといた。
「…まさかとは思うが、ゆき」
「うーーーーーーわーーーーあああああああ!気持ち悪いこと言うなーーーーーーーーー!弟とできちゃったかとどんだけ禁断の愛なんだよ俺!?んなわけねーだろ俺が雪男と! ああああ気色わりー鳥肌立ったー!!」
本気で肌をさする燐の姿になんというのか雪男にちょこっと同情した。まさかの近親相姦じゃなくてよかったのかもしれないが…なんか雪男不憫だな。普段が姉一筋!なだけに。 そして雪男も知らぬ相手といつの間にかこうなってしまったことも。
「じゃあ一体誰なんだよ!?おまえなんでそんなに言いたくねーの!?」
とりあえず掴んでいた頭を離してイスに座って向き合う。燐はちょっと涙目になりながら、だって…と項垂れた。
「…相手は…その立場とか色々あるしさ…」
なんだと。ということは大人か…雪男も子供だけど立場的には先生と生徒なわけで(それ以前に姉弟だけど)。それともまさかの職員の誰かか?
「…ばれたらまずいかな…って」
孕まされておいてまだ相手の立場を気遣う燐にあたしは不覚にも胸がきゅんとした。ああもうバカ可愛いんだからこいつ。
「そりゃあさあ…相手の立場とか考えるのもおまえらしいけど…おまえはどうしたいの?」
「………」
沈黙する燐の頭を今度はそっと撫でてやる。肩を震わして顔をあげたけど、涙に濡れてぐしゃぐしゃでぶっさいくだった。 でもかわいい。きっとあたしに相談するまで相当悩んで恐かったに違いない。よしよしと大サービスにあたしのおっぱいを当てて抱きしてやると苦しいと燐は呻いたけど、 離れなかった。
「さっきも言ったけど、こういうことは燐だけの責任じゃにゃいんだよ? まーあたしもそれなりに色んなもの見てきたけどさ、こういうのはやっぱり相手と話合わないことには進まねーし…。 その相手に燐がこれからどうしたいか気持ちを全部いうのが一番大事だと思うけどにゃ。できちまったものは仕方ねーんだし、これからどうするかだよ」
「…で、でも俺………」
すん、と鼻をすする燐にあたしはまた不覚にも母性本能というものを動かされた気がした。
「………産みたいなんて伝えたら…相手逃げちゃうかも」
…っておいおいそんな彼女が妊娠したと判明したら逃げちゃうような奴なのかよ…。
「そんときはあたしがそいつに首輪つけて引っ張ってきてやるから。な、だからそんな泣くな…」
「シュラ〜…」
ぐすぐす泣く顔にとりあえずテッシュで拭ってやる。そうかこいつは産みたいのか。それを聞いてあたしは改めて腹をくくった。相手が逃げようと騎士団になんと言われようと、 この子と腹の中の赤ん坊守ってやる、という気合まで生まれてきちまうから…なんていうのか不思議だ。めんどくさいからビビリに任せるつもりだったけど…なんていうのかここで放っておいちまったらそれこそ獅郎が あたしの枕元で恨み言いってきそうだしな、うん。獅郎…あんたの遺品の中に燐だけの写真を収めた「トキメキ燐ちゃんメモリアル」というタイトルのアルバムがあったという、 雪男からの話…最初はかなり引いたけど今ならほんのちょっとだけわかるような気がしなくもないよ。
「うんわかった俺…相手とちゃんと話し合う…でもちょっと恐いから…シュラ、ついてきてくれるか?」
きゅっと手を握ってくるので握り返してやった。思えば塾に入って杜山と神木に出会ってから始めて女友達というものができたらしい燐は、その 複雑な立場故にこういうことを友達に相談するのが恐かったのだろう。大方軽蔑されるとか思っていたに違いない。二人を信じてないわけではないだろうけど、ほんとおばかな子。 それで年上のあたしに相談してくれたこと…めんどくさいけど、なんかちょっと嬉しいかもしれにゃいな。
「当たり前だろ…。もーここまできたらとことん付き合ってやるよ!…で、相手は?」
燐はすうっと深呼吸して、真剣にあたしを見つめた。何故か、相手のこと知っても殺さないでやってくれ…と言いながら。
なんだそんなに厄介というか予想外な奴なんだろうか。
と不信に思うあたしに向かって燐は、口を開き。















「メフィストオオオオオオオオオオオ!!!!」



数分後。
あたしは理事長室に襲撃してたわけだよ。
すでに解放した魔剣ひっさげて重厚なドアも蹴破る勢いで、というか本当に蹴破ったけど 。そんで部屋の中にいて昼間だというのに浴衣姿でテレビゲームに勤しんでいたそのふざけたアホ毛の顔に向かってこれまた旧男子寮から勝手に拝借した雪男の銃を一発お見舞いしてやったわけだ。 軽く避けられたけど。それが余計にむかついたもんで、あたしは惜しむことなく(あたしのじゃねーし!)銀の玉をすべて撃ちこんでやった。テレビとかゲームにも当たった気がするけど知ったこっちゃねーよ! アタシには今獅郎が乗り移っている、うんそんな気がする!
「ちょちょとっとおとおおおおおおお霧隠先生!!!??あんたなにしてんですか、ってああああああ丸一日並んでようやく購入した神ゲーが!!」
しかもこの期に及んで逃げ惑いゲームの心配しやがる隈顔クソ紳士のアホ毛をひっつかんでぎりぎりと身長差があるけど、命一杯吊り上げてやる。 傍からみたら一人リンチだが知ったことか。いきなり顔面に撃ちこまなかっただけでもありがたいと思え。
「い、いだだだだだだ!何して、いやあああ離してください!あなた一体なにを…!」
「何をじゃねーよ!この変態ロリコンエセ紳士がああああああよっくも貴様あたしのかわいい弟子に…!!!!」
ぎりぎりとマジで抜けそうな勢いでアホ毛を引っ張って睨みあげてやれば、情けなくも悪魔は、ひい!と悲鳴をあげてもともと青い顔をさらに青くした。
「わー!シュラなにやってんだよおおおおお!!とりあえず相手わかっても殺さないでくれって言ったじゃねーか!?」
ようやくあたしに追いついて理事長室に駆け込んできた燐は今まさにあたしがこいつのアホ毛を引っつかんでその眉間に魔剣の切っ先を向けているのを見て、慌ててあたしたちの間に入ってきた。 どしん、と悪魔は床に落ちて、燐ー!とこれまた情けなく燐の足に縋る。

そう!この、情けない!悪魔が!よりにもよってこのエセ紳士の隈顔の性悪のそのまんま詐欺師みてーな悪魔があろうことか、燐を孕ませた相手とか!

誰が信じられようか!?っていうか信じたくねーよバカ!!



(ちなみにこの霧隠シュラ理事長室襲撃事件のことを後にメフィストはまるで藤本神父が乗り移ったみたいだったと青い顔をして語ることになるのだがそれは余談である)











(そして数十分後)



「……え……妊娠……!?」

こいつから妊娠という言葉を聞くとマジで胡散臭いのは何故なのか。

あたしは少し、ほんとに少しだけ冷えた頭で、燐とメフィストを目の前で正座させてことの次第を…告げたわけだ。ああもう何が悲しくて弟子の妊娠報告をあたし自らこの悪魔に告げなきゃいけないんだよ! いや告げたのは燐だけどさ! そしてできちゃったかもしれない、と言われたときのこのメフィストの顔!あーもうやけくそだけど写真にとっておきたいぐらい間抜けだったね。 そんでネットにばらまいてやりたかった。
「…ほ、ほんとですか…燐!?」
顔を真っ赤にしながら頷く燐。ちょこっと冷静になったところで二人の関係性を確認してみれば、うん、悲しいことに確かに男女の仲だったわけでして…。 ああどうりで気付けなかったはずだ。嘘をついたり隠し事の苦手な燐がここまであたしにも雪男にも気付かれずに いたのは絶対こいつがうまいこと燐を言い含めて、誤魔化させてたに違いない。
しかも、なんでよりにもよってこんな胡散臭い奴なんだ燐!
と問い詰めても、燐は燐で「うーん…なんとなく?」というしメフィストは「私も気がついたら、てへ☆」とかいいやがるし(一発殴っておいた)。
しかも肉体関係を持ったのは試験に受かった直後というのだから時期的にも当てはまるし。ていうか16歳の女の子相手に貴様は避妊もしなかったのか!?サイテーマジでサイテーすぎるだろうこいつ!何百年生きてる悪魔なんだよ! やってしまえばできちまうことぐらいわかりきってるだろうし、今までだってそういうことする相手がいなかったわけじゃぜってーねえだろう!?
「いやあ、なんというか、最初はちゃんとつけてたんですけど、あまりに燐が可愛らしくて途中で、ブングル!!」
もう一発殴っておく。そんで燐も顔を赤らめているんじゃない!!そこ殴られたのにすぐに回復する悪魔も「安全日狙ったはずだったんです〜」と言い訳するんじゃない!安全日ですればできねーとか男の妄想だわボケが!
「もういい!この際おまえらの馴れ初めとかエッチの時どうだったとかはもういい、聞きたくねーし!できちまったもんはできちまったんだ、これからどうするんだよ!?」
「そ、そうです、燐! ほ、ほんとに妊娠したんですか!?」
往生際悪く燐に詰め寄るメフィストに、燐はただ泣きそうな顔で「たぶん…」と頷いた。燐が相手に妊娠の可能性を言いたくなかった気持ちが…今ならよくわかる。 ぜってーこいつ逃げそうだもん。まだやってない新作ゲームとかあるし独身貴族でいたいとかなんとか言いそうだ。あたしの中でこいつに対する信頼などあるはずかないだろう。 だからこそ、今この場で逃げ出さないようメフィストの首には対悪魔捕獲用の特別な縄を巻いて扉には厳重に祓魔の札を貼っておいたわけだ。犬みてえで間抜け。マジで。
「…燐……」
隈のある目を細めてじっと燐を見つめるメフィスト。かわいそうなことに燐はすっかり泣きそうな顔で縮こまっている。何故か、ごめん、と口にしながら。ああもう! 燐!大丈夫だこいつが次におまえを傷つけるようなこと言ったらその脳天をこの魔剣でスイカみてーに真っ二つにしてやるから。大丈夫そんぐらいでは死なないし。 とあたしは腰に据えた魔剣の柄を握ったわけだが。

「……っっっ〜〜〜〜〜〜!!ファンタスティックーーーーー!!!!」
「…へっ?!」

メフィストはがしい!と燐の両手を握って…気持ちの悪いことにすごいキラキラ輝く目で燐のまだぺったんこなお腹を見つめた後、ぎゅ、っと燐を抱きしめて立ち上がりくるくる踊ってるみてーに回りだした。 意味わけんねんだけど!
「もう、もう燐!なんでそんな大事なこと一番に私に言ってくれなかったんですか!!素晴らしい!このお腹に私と燐の子供が…!!」
気が済むまでくるくる回って、目をぐるぐる回している燐のお腹をそっと触る悪魔が…窓から差し込むお昼の日光のせいだと思うけど、なんか輝いて見えた。あれ、 こいつ悪魔のはずだよね?なんでこんな神々しいの?
「…め、メフィスト…」
「素晴らしい素晴らしいですうううう! ああ物質界に来てはや600年になりますけどこんなに世界が輝いているのは初めてですよおおおお!!」
感極まってぺったんこなお腹に頬ずりする悪魔は…やはり先ほどの神々しさは錯覚だ…。今はひたすらキモイ。
「め、メフィスト…お、俺…産んでもいいのか!?」
我慢できなくてぼろぼろ涙を流す燐の頬をそっと指で拭うメフィスト。…うざい桃色オーラがマジでウザイ。でも確かに本題はそこだ燐!
「当たり前でしょう!?なんで私があなたとの子供を拒絶するっていうんですか…?」
「メフィスト…だっておまえ…まだまだ遊びたいですねーとかっていっつも言ってるし…一応理事長だし…悪魔同士だし…おまえにも立場ってもんが」
ついにえぐえぐ泣き出した燐をメフィストはそっと抱きしめた。…あたしは今この場に必要かなとその光景をどこか遠くでみていたわけだけど。
「燐…なんでそんなこと不安に思うんですか…騎士団だって立場だって関係なに。そんなのどうにでもしてやりますよ。誰にも文句言わせません。… 私はそんなに信用ならないでしょうか?」
あたしは、うんうん、と頷いておく。ちらっとメフィストがあたしを見たが無視しやがった。にゃろう。誰かここまで燐を引っ張ってきたと思う。
「そ、そういうわけじゃないけど…」
信用してんのかよおまえ!?というつっこみは心の中に留めておく。
そこでメフィストはとりあえず燐を抱きしめたままごそごそと仕事用のでっかいデスクの引き出しを探っていたかと思えば…小さな布張りの小箱を取り出した。 おいおいまさか。とあたしは嫌な予感だがなんだかわからないがそんな予感がしたわけで。
そして燐の目の前でぱかっと開けられた箱の中身はその予感が当たっていた。
「…これ…」
「燐、本当はあなたがもっと祓魔師として成長してから婚約用にと購入しておいた指輪なんですけど」
メフィストにしてはかなり意外で控えめで可愛らしいデザインの指輪だった。でもその真ん中にきらめくピンクダイヤモンドはでっかい。なんカラットあるんだそれ。 しかもセンスいいじゃねえかこのやろう!ジュエリーより酒のあたしでも、あ、ちょっと欲しいかもと思っちまったぐらいだよちくしょう!っていうかおまえはそんな計画的に燐を娶るつもりだったのか! この姑息な悪魔め!ドロボウ猫め!!

「メフィスト…」
「予定は狂ってしまいましたけど…受け取ってください…燐…私と結婚してください…!」

愛してますよ、一生守りますから。

そして、あたしが、目の前に、いるというのに! 燐の幼いかわいい顔にそのだらっしのない顔を近づける悪魔を見て、あたしは気を使って天井を仰いでやったわけだ。 ぶちゅ。と濃厚な音が聞こえたが聞かなかった、そんなものは聞いていない。そして自然と苦笑が漏れてくる。まあなんていうのかとりあえずよかったじゃねーか、燐…。 まだあのビビリメガネという最大の壁が待っているわけだけど、もうできちまってるもんはできちまってるんだし。あいつも認めざるを得ないだろうよ。
ああ獅郎、あんたの娘は幸せになると思うよ。あんたは天国でめっちゃ泣いてるんだろうけど、色んな意味で。











と、あたしも感動的(?)に締めくくれるような気持ちでいたっていうのに。

この弟子はやっぱりオチまでやらかしてくれたわけだよ、獅郎!











「…勘違いだった…」

精密な検査のために。メフィストが特別に呼び寄せた医者に調べさせたら、燐の最初の一言がこれだったわけだ。
ずるーっとあたしが床に倒れこんだのも無理はあるまい。ついでにメフィストは、ぽかーん、と口を開けたまま立ち尽くしていた。ええやってくれたわけです、獅郎あんたの娘はよ!
「は…?」
間抜けな声を出すメフィストにあたしは、ちょこっと同情した。詳しく聞いてみれば、生理が遅れてたのはただの生理不順でそのせいで、もしかして!?と勘違いした燐は所謂想像妊娠に近い状態になっていたらしく。 食欲がなかったのもそのせいだったらしい。でもそんだけ思いつめてたっていうことだろうけど。それにしたって。
そして自分の勘違いが恥ずかしいやら情けないやらで、目元を真っ赤にしてまた泣き出しそうな燐は先ほどもらったばかりの指輪をメフィストにつき返した。
「わりぃ…これ返す…時間もできたしもっと冷静に考えたほうがいいと思うんだやっぱり…」
「…燐、おまえ…」
なんというかもともと妊娠したのではないかというようなことをさせたメフィストが一番悪いというのに、健気な燐。あたしは、不覚にもじわっと胸が熱くなった。 ああもうこの子は!とあたしはもう一度抱きしめてやろうかと思ったけど、
「燐…それはあなたにあげたんですから…」
とあたしより先に燐を抱きしめる悪魔に阻まれた!
えええええっていうかこいつマジで本気なのか!妊娠したから仕方なくって思ったんじゃないかった疑ってたけど正直!

「で、でもメフィスト…!」
「受け取っていてくださいよ…。早いですけど、もともと婚約用のなんですし…ね、私のものだと見せつけるには丁度いい! 勘違いでもなんでも私の気持ちは変わりませんから!」
「…お、俺でいいのかよ!?俺はだって悪魔だし青い炎あるし、騎士団だってうるせーし!」
「だからそれら全てから私が守ります。何度言わせるんですか…愛してるんですよ、燐。機が熟したら…私と結婚して今度こそ本当に私と子供作ってくださいね」
「メフィストぉ〜…!!」

わんわん泣く燐をやさしく悪魔は抱きしめて、はいはい、なんといういい話。あたしはもう口から魂抜けるような心地だった。ああ、病院の窓から夕日が赤い。一日が終わろうとしている。 獅郎、あんたが今もし蘇えったらあの悪魔の頭に銃弾を撃ち込むんだろうか。うん、そうするんだろうね。どうかそうしてくれ。あたしはもう疲れたよパトラッシュ(?)。 なんて。どこか穏やかな気持ちでなんとか締めくくろうとしているあたしだけど、とりあえず、一言、この バカップルどもに言わせてくれ。



「とりあえず、あたしの休日を返してくれこのバカどもがああああああ!!!!」











(後日、この妊娠騒動のことは当然雪男の耳にも入り(シュラのささやかな復讐)、それこそ本当に前聖騎士の再臨と言い伝えられるほどの形相をした雪男が、 理事室を襲撃したというのは余談である。)











2012.5.13