陽だまりの中で青に包み聖女の中にて夢を見る

 

夏という季節は暑かった。
ユリは白い肌にうっすらと汗を流しながら、冷たい湖に足先を遊ばせていた。強い太陽の光を反射して湖はきらきら揺らいでいた。あれはなんだ?と問えば、あれは水面よ綺麗でしょ、とユリはその揺らめく水面を足で蹴った。 ぱしゃり、と水が弾けて一瞬だけ空気に散る。透明な湖の中を覗き込む。ユリの幼いようなそれでいて強い女の顔が見返していた。その奥にまた別の生命が泳いでいた。あれは魚というらしい。俺が触れたそうにしているのを感じ取ったのか、 ユリは湖にもぐってくれた。ただ水の中では人間は息ができないので少しの間だけだそうだ。この世界の中で人間は生きているのに生きれない場所もあるのだな、と俺が言えば、そうね人間は支配者じゃないもの、とユリは返した。俺は虚無界と悪魔の支配者だが、 ならば人間とはこの世界にとって何なのだ?と問えば、それは少し難しいね、とユリは首をかしげて、湖の中にもぐった。水の中とは地上とはまた違った感覚であった。体は軽く、 冷たい幕で全身を覆われている。ユリは泳ぐのが上手で、もぐりながら水の中の生命について教えてくれた。上から太陽の光が注がれて、水の中とは光と青の世界であった。俺の出す炎とはまるで違うな、と俺は湖の青とそして夏の空の青を見て思った。けれどユリは、私はあなたの青が好きだよ、と言った。 俺はたぶん嬉しかった。あの炎は悪魔にも人間にもただ恐れられるだけだった。悪魔の中にはあの炎を綺麗だと評するものもいたけれど、あれはただ存在を奪うためだけのもので悪魔もあの炎に対する恐怖は拭い去れない。 俺はそういう存在なのだ。と湖に浮かびながら言った。
俺は奪う存在なんだよユリ。
青い水の中でユリの体で浮かんでは沈んでを繰り返しながら、俺はそう思った。
そんなことないよ、あなたはだって育んでいくことができるもの。
ユリはそう言って下腹部を撫でた。そろそろ冷えてしまうので上がろうか、とユリは水の中から出た。水で濡れて張り付く黒い髪が美しいと思った。

夏という季節の夜空は輝いていた。
黒いはるか遠くの空で、きらきらとたくさん光るものが輝いていて、あれはなんだ?と問えば、あれは星よ、とユリは答えた。星ははるか遠く遠くの宇宙の中で燃えていて、 その輝きが何年も何年もかけてあの夜空に届いているのだと教えてくれた。座り込んで星を眺めながら「星座」というものも教えてくれた。 俺にはなんだか途方もないような話に思えた。同時に「宇宙」とは人間にも想像もできないほど広い場所なのだと知った。 ならばこの世界で物質界と虚無界に分けられている俺達はひどく狭いのだろうな、と俺が言えば、そうね、とユリは頷いた。
ねえ、あなた。
ユリは俺を呼んだ。なんだと俺が答えれば、ユリはしばらく黙った後にこう言った。
物質界と虚無界も分け隔てなく同じになってしまえば、きっと私達の世界はもっと広くなる、きっとそれは素晴らしいことよね。
俺は驚いた。人が忌み嫌い人には生きれぬあの虚無界と悪魔が焦がれながらも受け入れられない物質界が同じになればいいというのだ。少しおかしかったので笑えば、ユリは、むっと眉をよせた。
私は真剣よ。
そうかそうか。
笑わないで。
笑ったのは悪かった。しかし馬鹿にはしていない。おまえは本当に変わった女だ。
ユリは白い頬を指先でかいて、俺が笑うのに恥ずかしそうにしていた。ユリは続ける。いわば、俺達悪魔と人間はきっと分かり合えて愛しあえるのではないかというのだ。 手を取り合って理解しあって、そうすればきっと世界はもっとやさしくなるのだ、と。そんなことができるなんて俺には想像もできなかった。けれど、ユリは語る。 ユリがその口で語ればそれは本当にできそうなことのように思えてきた。
ねえそう思わない、あなた?だって、今私たちがこうして一緒にいられるんだもん。
ユリは微笑んだ。俺は、まるで本当にユリの語る夢が叶うような気がしてきて、ユリを青い炎でやわらかく包んだ。
ねえあなた、目を瞑って、想像してみて、それはとてもやさしくて、きっと簡単なことのはずよ。
ユリの瞼を降ろした。真っ暗な瞼の裏にちかちかと星の残像が霞んでいた。ユリのいう世界は残念ながら瞼の裏には見えてこなかったけれど、俺の中はこのときから、いやきっとユリと出会ったあの時から、ユリが全てになっていたと思う。 けれど、俺はこの感情をどういえばいいのかわからなかった。
ねえあなた。
けれどユリはいつも俺に答えをくれた。
ねえ、あなた、あいしてる。
ユリは自分の腕で自分を抱きしめてそう言った。
あいする?あいするとはなんだ?
俺が問えば、ユリは、とてもあたたかい気持ちになってお互いを大事にしたいと思うこと、と教えてくれた。そう言われれば俺はユリに対して、そう感じているなと思った。
そうか、ならば俺もきっとおまえをあいしているんだろうな。
俺がそう言えば、ユリは優しく微笑んだ。







2011.9.23