悪魔を悪魔たらしめるものとは何であるのか。
私を私としているものは何であるのか。私には何もない。これほどにも膨れ上がった体でもそれは仮初に過ぎず、
この体は今にも壊れそうに歪んでいる。ぎしぎし。仮初の骨が鳴る。所詮、この体さえも私ではないのだ。私のものには成り切れないのかもしれない。
私は一体何なのだろう。
どれだけ他の悪魔を取り入れても、どれだけ心臓を食ってもそれは私には馴染まない。どれだけ力を手に入れてもそれは弱い弱いただの火種でしかなく、
そこから燃え上がることもない。
私は一体、何を望んでいたのだろう。
わからない。もう何もわからなくなってしまった。わからないままに色んなものを食ってしまったから、肥大していくばかりの体は、悪臭しか放たない。
何も私に与えてはくれない。
それなのに、何故、おまえは青い炎を燃え上がらせることができるのだ。
悪魔を悪魔として創りだす炎を、父上と同じものをどうしておまえが。
それさえ、私を悪魔としてはくれなかったのに。
ゆるさない、にくい、ねたましい、うらやましい、にくい。にくい。にくい。
私を私としてくれなかった、その炎が憎いのだ。
凍えるような冷たさに自分の体を抱きこんでも、少しも和らぐことはない。
悪臭、瘴気、肌に染み渡る赤い霧。虚無界というものは今この部屋と同じような世界なのかもしれない。
それに耐えることができる自分はやはり人とはいえないのだろうな、と燐はどこか他人事のように思った。息を吐き、吸い込む度に肺に不快感があって、
何か吐き出したくなる。光のない闇の中、燐は独りで立っていた。自分の体から噴出す青い炎が皮肉にもその深い闇を照らしている。
目の前には変わり果てた梟の姿があった。
ぎょろりとこぼれ落ちそうな目玉はまだ光から回復していないのか、先ほどよりも不安定に宙を彷徨っていた。茶色い水気のない羽からは骨が突き出て肋骨も覗いている。
胸の肉は削げ落ちて、一部が腐ったように皮膚を引きずっていた。だらだらと口から黒い涎が流れている。燐は歯を一度、くいしばってそれを見た。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
何も知らなかったことは、きっと免罪符にはなりえない。燐にはそれだけ人と悪魔が恐れる力があるのだ。ただ、助けたかった。羽ばたくこともできないまま死にそうだった小さな梟を、
咲くことができないまま枯れた花も、ただ助けたかっただけで。
いや、違うよな。
メフィストの言った通り、あれらは自分の「保身」であり「慈悲を持てるものへの憧れ」であり「弟へ慈愛を持ちたいという願望」であり。
全部、自分のためだったんだ。
「ごめん、フータ」
梟の目玉が音を頼りにしたのだろう、ぎょろ、と燐を睨む。
「梟のまま、物質界の生き物のまま死なせてやるのが正しかったのかもしれない」
ぼたり、梟が腐った肉と骨を喉から吐いて喘いだ。飲み切れない肥大した骨と肉が確実に梟の体を蝕んでいる。
「でも、俺はおまえを助けたいし…おまえの中にいるやつと話もしたい」
左胸が痛む。そこから流れてくる悪魔になり損ねたモノの全てが、耐えられなくなりそうなぐらいだった。
私を私としてくれなかった、その炎が憎いのだ。
「おまえは、どうしたい、何を望んでるんだ?」
私を私としてくれなかった、その炎が憎いのだ。
燐も青い炎を憎んだことはないといえば嘘になる。目の前で養父を死なせたすべての元凶。養父の体を燃やしたあの炎が。それと同じものが自分にもある。それは養父を殺した凶器を
後生抱えていかなければならない罪だった。
俺だって、時々。
私の片割。
名前さえ与えられなかったそれが呼ぶ。
私を私としてくれなかった、その炎が憎いのだ。
私を悪魔にしてくれなかった。私に何も与えてくれなかった。それなのにおまえは全部手に入れた。何故なんだ。何故おまえだけ。ああ、私が何を望んでいたかもうわからない。
わからない。もう、わからない。おまえが憎い。おまえが憎い。おまえが憎い。私を創っておいて、何も与えずに、
私を捨てた。憎い。憎い、にくい…?…………私は…
………父上が憎い………!!
どろり、とした翼が伸びる。明らかな殺意を持っていて、燐はぞわっと肌が寒くなった。違う。こいつはわかってない。憎いという気持ちで見えなくなっている。
そんなのだけでは何も手に入らないんだ。
燐の訴えをそれは聞いてもいなかった。燐の言葉も何もそれには聞こえていないのだ。
「違う!おまえは何を望んでいるのかって俺は聞いてるんだ!それはただ炎を継いだ俺が妬ましくて殺したいだけだ、魔神が憎くて俺を代わりに殺したいだけだ!そんなんじゃ…」
伸びる翼から逃げようとしたが、足が動かない。足元を見るとどろどろだったタールが粘土のように固まって燐の足に絡まっていた。地の力だ。すぐに固まり石のようになった。
ぼろぼろの翼が燐の体に触れ、絡まってくる。ぞっとするほど冷たい。虚無界の汚泥の底に沈み、気の遠くなるほどの時間そのままだった腐った泥が。腐った魔神の心臓の肉が。
ダメだ、と燐は抵抗して倶梨伽羅を振るおうとしたが這い上がってくるそれに吐き気がして、口元を手で押さえた。腕にも絡まってきてぎりぎり締め上げてくる。
自分と魔神のしたことは同じだ。
創っておいてその事の重大さを自覚もせず理解もせず、何にもわからないまま、知ろうとともしないまま、創り出して放置した。
ああそうか、だからフータはこいつに憑かれてしまったんだ。
愚かな自分から魔神から青い炎から創りだされて、それなのに放り出されてしまった。寂しかったのだろうか、フータも。創りだした自分を恨んだのだろうか。物質界には決して馴染めない体を持ち、
虚無界の汚泥に憑依されてしまった。自分が創りだしてしまったばっかりに。だからこんなことになったんだ。
その責苦は燐の思考を鈍らせた。腕に絡みついたそれが握っていた倶梨伽羅に絡みつき、燐の傷を負った胸まで這い上がってくる。燐が身にまとう炎に焼かれながらも、
倶梨伽羅の刀身までそれが舐めるように這い上がる。そして、倶梨伽羅に触れた途端、明らかにそれが震えた。燐は我に返る。
『これだけは忠告しておきますが、決して倶梨伽羅は取られないように』
「…よせっ!」
腕を引こうとしたが張り付くように燐の腕と倶梨伽羅に絡みつくタールは離れない。腕の皮膚が火傷をしそうなほどに冷たい。締め上げられて腕の骨が、ぎしり、と嫌な音を立てる。
闇の中で梟の体でそれが嗤っている。これをよこせ、と。
「ダメだ、離せ!!」
自分は死にたいわけじゃない。心中するつもりじゃない。そう思って雪男を廊下に投げ出して独りでこいつに向き合ったわけじゃない。
取り込まれるつもりなんてさらさらないのだ。だって雪男と約束した。おまえを独りにはしない、と。
よせ、やめろ!と抵抗する燐の足からついに腰まで固い土が這い上がり石膏のように固まりまじめた。炎を吹き出しても燃えるのが遅い。引きちぎるような勢いでそれは燐の手から倶梨伽羅を奪った。
かあ、と紫の舌を覗かせて梟がくちばしをあける。タールが絡みついた倶梨伽羅がその喉に無理矢理ねじこまれ、梟の体がそれに呻いても刀身をむき出しにしたままの倶梨伽羅によって喉を焼かれても、
呑みこもうとしいる。燐は、やめろ、と叫ぼうとしたが左胸どころか全身を這い上がるタールと泥と痛いほどの寒さに、強制的に意識を失いそうになるのがわかった。
体が全身で飲み込まれそうになる「心臓」に悲鳴をあげている。だめだ、あれを取り込まれたら、自分は、帰れない。
雪男のところに、かえれない。
それだけはダメだ、嫌だ。
「やめろ、やめ…!」
「それに触れるなっ!!」
があん!と梟の喉元を一発の弾丸がつらぬいた。
貫かれた喉から黒に染まった血液が噴出し、何をされたかそれが理解するまえに燐の横を駆け出す雪男がいた。
「雪男っ!?」
なんでここに!?燐の驚愕の声には答えず、雪男はそのまま梟に向かってさらに発砲し、その体が衝撃でよろめいたところでタールに絡みつかれた倶梨伽羅を手に取ろうとした。
それは倶梨伽羅を離さない。それどころか、ぐわり、と倶梨伽羅を覆ってしまいそのまま取り込もうとしている。燐は同時にぐらっと意識が霞むをの感じた。
しかし、それも弟の次の行動を見たときには全てが吹き飛んでしまう。
「雪男!?やめろ!!」
雪男はそのままタールの中に飛び込み、全身を埋めてしまったのだ。
ぼちゃん。
私の「肉体」はどこかへ投げ出された。ああ、捨てられたのだ、と理解した。私には何も見えないし聞こえないが、何か「肉体」に纏わりつくどぶどぶした泥に沈んで、流されていくのを感じた。ああ、父上。と私は叫んだつもりだったが私の叫びは声にもならず、「父」にはその声は聞こえていたはずだったのに、返事はなかった。ただどこか遠くで「父」の嗤う声が木霊しているだけであった。 私はどこかへ流された。何か掴んで留めようにも私は何も持たずに生まれてしまったので、流されるままにどぶりどぶりと呑まれていく。底の底へ呑まれていく。視力のない私の視界は生まれたときから真っ暗であったが、それさえ呑み込むほどの暗闇へ。
いやだ。
私は叫んだ。しかし、誰も聞いてはくれない声にさえならない。
いやだ、父上、私を捨てないで。捨てないで。あなたが望むのならちゃんとした「肉体」を持ちます。あなたが望むのなら鋭い牙も爪も持ちます。あなたが望むのなら青い炎も。いやだ、父上、捨てないで。父上、父上、父----------------
父上が憎い。
寒い。冷たい。
まるで冬の凍った水の中に放り込まれたみたいだ。
体の感覚はすぐになくなり雪男は自分の体を包むように丸まった。
寒い、冷たい。体が氷になっていくようだった。脳さえ凍るような冷たさの中、やがてその感覚さえ失っていった。
残るのは思考のみ。果てのない暗闇の中、思考だけが残っている。「私」はどれほど長く長くこんな風に漂っていたのだろうか
。何か自分のものではない思考が流れ込んでくる。心臓。心臓。心臓。父上。父上。父上。青い炎。青い炎。青い炎。「私」の片割れ。「私」の片割れ。
「私」の片割れ。「私」のカケラ。にくい、にくい、にくい。父親がにくい。「私」が継げなかったものを持っている「私」の片割が憎い。全部奪ってやる。
全部奪ってやる。すべて。
おまえもだ、オトウト。
兄さんはこんな寒さの中をずっと耐えていたのか、と雪男は襲いくる思考の波と寒さに全身を凍りつかせた。血液さえ凍っていくようだ。
息は止めているが肺に皮膚に無理矢理ねじ込まれようとしている汚泥と、耐えられない肉の腐臭。それでもこれの中に飛び込んだときに手に掴んだ倶梨伽羅は離さない。
雪男は足元さえわからない闇の中で、しっかりと倶梨伽羅だけを抱えている。刀身から吹き出る青い炎がかろうじて雪男を毒の霧と泥と寒さから守っていた。
けれどあれが絡みつき、雪男から何かを引き出そうとしている。兄との思い出か。兄への想いか。
こいつは兄さんの大切なものを愛しているものを全部奪いたいんだ。
ぎち、と雪男の胴体を締め上げるようにそれが絡み付いてきた。ぐう、と肺が悲鳴を上げるが今ここで耐えられず息をしてしまっては一瞬で全身が毒に侵されるだろう。
雪男は耐えた。それの顔はないのににやり、と嗤った醜い悪魔の姿を見た気がした。
オトウト。
それをよこせ。そしておまえも殺してやる。
何にも与えられなかった私なのに、全てを与えられたあの片割から全てを奪い、すべてを取り込み、そして、死なせてやるのだ。まずはおまえを殺してやろう。
目の前でこの憑依体の爪とくちばしで臓物を抉り出して、食ってみせれば、あれはどんな顔をするだろうな。何故なら私の片割はオトウトを愛しているのだそうだ。
大切なのだそうだ。愛、愛とは何であるのか私にはよくわからないが、それは私が父上からはもらえなかったものだろう。それなのに、片割はそれを与えられた。トモダチからトウサンから、そしておまえ、
オトウトから。
愛されなかった私を捨てて愛されるなんて許さない。
うらやましいねたましいにくらしい。私にはない全てを手に入れた私の片割れが。うらやましいねたましいにくらしい。にくいにくいにくいにくい。ゆるさない。絶対に、ゆるさない。
これが、悪魔か。
雪男は轟々と吹き荒れるおぞましい憎しみの中、初めて本当に悪魔の深層に触れた。それは普通の人であったならば一瞬で発狂してしまいそうなほどだ。
底知れない憎しみと怒りと嫉妬と飢餓と執念が、愛に飢えた悲愴が雪男の全身から入り込む。いや、でもこれは。
人じゃないのか…?
これは本当に悪魔の思考で感情なのだろうか。雪男は何故そう感じたのか。それは自身にもわずかに身に覚えのあるものが多かったからだ。いや、人ならば誰しも一通り覚えのあるものが多いのではないだろうか。
愛を求め、愛に飢え、自分よりも恵まれたものに自分よりも親から貰ったものが多い兄弟姉妹に嫉妬し憎悪する。
そこまで考えた雪男の頭の片隅に、どこか壊れてしまった笑い顔を張り付かせていた、あの悪魔堕ちした元人間が立っていた気がした。
それは意識することがない日でも、雪男のどこかに居ついていて、手招きをしている。にこにこ、と嗤い、さあおいで、と。
人を人たらしめているものとは、何であるのか。
それの答えが出ることはないのではないだろうか、と雪男はぼやけてくる頭で考えた。何故なら、それは人によって違うだろうからだ。
人を人で在り続けさせるもの。人は悪魔に堕ちるとき、狂ったように欲望に従う。そこには人であったころに守っていたはずの規制も制止も理性もない。あの悪魔堕ちした男がそうであるように。
悪魔がそうであるように。しかし、悪魔堕ちした人間と本来の悪魔とでは決定的に違うものがあるのではないか、と雪男は愛に飢える「これ」の中に触れたとき、唐突に、その答えを見た気がした。
人は二度と取り戻せない大切なものを失くしたとき、悪魔になるのかもしれない。
だから狂ったように何かを求め、欲望に従うのかもしれない。二度と取り戻せない大切なものの代わりになるものを求めて。そんなものなんてないのに、
自覚がなくともそれを求めて、人は壊れるのだ、堕ちるのだ。永遠に終わることのない欲望の果てに。そんな悪魔堕ちした人間達を本物の悪魔達はせせら笑っているのだろう。
愚かなものだ、と。何を求めているのかすらわかっていないのに、二度と手に入らないものなのに、と---------
今、自分の全身を覆う「これ」も大切なものを与えられもしなかった。
視力を聴力を触覚を味覚を嗅覚を、体を名前を立場を、愛を。
そうか。
「これ」は悪魔と人の本当の姿なのかもしれない。悪魔と人は、本当はこんなものと同じ暗い泥の塊なのかもしれない。ならば、人と悪魔の境界線とはどこにあるのか。
人がその境界線を越え、堕ちてしまう時とは。
僕はまだ、あの手招きに対して答えは出せていないかもしれない。
雪男は自分のことを冷静に見たときそうであるだろう、と思った。自分の片隅で手招きするモノに自分が本当にその手を払いのけれる日は、もう少し後だろう。それまでに、
取り込まれずにいられるのか、そう考えるときはあるけれど、
でも、それは今じゃない。
ぎゅっと倶梨伽羅を握る。これだけは渡せない。これは兄の心臓だ。人でもなく悪魔でもない兄が、何故、未だ人の側に立っていてくれるのか、何故、堕ちずにいてくれるのか。
それは失えない大切なものがこちらにあるからだ。
そして、自分も。
おまえには、兄も僕の命も渡さない…あの人はおまえの片割なんかじゃない…僕の片割だ、僕の兄だ!
人は本当に大切なものを失ったとき、悪魔になるのだ。
だから、僕は、兄の心臓は離さない、絶対に。
ぼちゃん。
闇の中から青に覆われた手が伸びてきて、雪男の腕をしっかりと掴んだ。
「雪男っ!」
ずるり、と泥から引きずりだされる。未だ雪男に纏わりつくそれを燐の炎が燃やした。雪男はしっかりと倶梨伽羅を掴んでいる。未だ息を止めているが限界だ。
ぶは、と息を吐き出してしまったが燐が雪男の人間の体を守るため、すぐに青い炎で体を覆ったので穢れた空気は直接肺には入ってこなかった。
炎に包み込まれて雪男は少し驚いたが、それは自分を燃やさないとわかっている。むしろ温かく雪男を包み込む。けれど、やはり長くはここにいられないだろう。祓いきれない悪魔の空気は皮膚をひりひり焼き始めていた。
「雪男!おまえ、なんてこと!!」
咳き込む雪男の背中を軽く叩いて燐が怒鳴った。が、雪男は勝ち誇ったように笑い、
「これで目の前で扉を閉められた僕の気持ちがわかっただろう、兄さん?」
と言い返すと燐は、一瞬、ぽかん、とした後、顔を真っ赤にさせた。怒りとそして雪男の意趣返しに戸惑ったのだろう。バカやろう!と悔し紛れに少し強めに背中を叩かれる。
「にしたってこんな無茶…!?」
倶梨伽羅もオトウトも奪えなかったそれが人の耳では上手く聞き取れないほどの高い声を上げて、襲い掛かってきた。燐は雪男の手から倶梨伽羅を受け取ると青い炎で切り裂く。
雪男が現れたころで、びくり、と梟の体が揺れて、視力を取り戻したのかじっとこちらの様子を伺っていた。おどおどと動く首が、明らかに先ほどより様子が違う。
「おまえ、でも、どうやってここに…!?」
青い炎で壁を作りタールを払いながら燐が聞くと、雪男もふらふら立ちあがると銃を構え直した。その鋭い目は真っ直ぐタールに取り憑かれている梟を見ている。
「フータが連れてきてくれたんだ」
雪男の言葉の意味がわからず、燐は、目を丸くした。
「兄さん、足りなかったのは僕の呼びかけだけだったんだよ。覚えてる?あの梟に名前つけたのどっちだったか」
「…あ、あー…えーっと…どっちだった、かな?」
本気で首をかしげる兄にため息を吐きつつずれたメガネをかけ直した。
「…僕だよ。梟にフータって名前をつけたのは僕だ」
小さい頃だった上にまさかそこが鍵になるとは思わず、雪男もその点は忘れていたのは確かだったが、雪男が名前をつけたんだ、と自分のことのように養父に自慢した兄も忘れていたとは。
「…だから兄さんの呼びかけだけじゃダメだったんだよ。あれは、あの梟の悪魔は兄さんと僕、二人で創ったようなものなんじゃないかな」
骨をぎしぎし動かしながら、梟は口をぱくぱく動かしていた。まるで、返事をしたくてたまらないように。
「…そんなこと」
「そうだよ、きっとそうだ。フータの体を創ったのは兄さんで名前を与えたのは僕だ。フータは兄さんと僕の二人の使い魔みたいなものなんだよ。…だから僕達で呼べばいい…」
独りじゃダメなんだ。
独りになろうとした兄に向けてその言葉を言えば、燐は、フータをじっと見つめて、そうか、とわずかに目元を和らげた。
「…わかった悪かった…。やっぱり俺独りじゃダメなんだな」
「そうだよ、もう本当に心臓に悪かった」
「だからわりーって…。ほんと、ごめん…」
「もう二度としないで。今度こんなことしたら、兄弟の縁切るよ」
「切れねーくせに」
「そうだけど…」
双子は並んで場違いながらもわずかに笑い合う。
巻き込みたくなくて、人である雪男は越えてはならない境界線だと溝だと思って独りになろうとしたが、やはり違ったのだ。
その証拠に、全ての証明に、梟の悪魔は呼びかけられるのを待っている。燐だけではなく雪男だけではなく、二人に。
それが闇の中での道しるべになる。憎しみに捕らわれたあれの深層へと。何もない悪魔にもなり切れなかったものの本当の姿のところへ。真に望むもののところへ。
よせ、やめろ。
勘付いたのか「それ」が呼びかけを止めようと、憑依体の主導権を奪われまいと双子に襲い掛かってくるが、青い炎が燃え上がり一瞬だが動きを鈍らせた。その時間だけで充分だった。
二人が、梟の名前を呼ぶ。
ほう。
昔のように梟は嬉しそうに鳴いて、応えた。
2012.3.12