梟の骨 4

 

梟は双子によく懐いた。正確には燐に懐いていて、まるで燐の「雪男を喜ばせたい」という気持ちに応えるかのように、雪男にも懐いていたのだ。
日本では野鳥は飼うことはできない、でも保護はできるから飛び立てるまでな、と言ってしばらく修道院に置いてくれることを許してくれた獅郎の言葉に双子は喜んだ。 幼稚園の時、捨てられていた子犬を拾ってきてこっそり納戸で飼っていたのを三日と経たず獅郎に見付かり別の飼い主に引き取られていった思い出のある双子は、 少しの間とはいえ生き物を飼えることを単純に喜んだ。特に雪男は夏に入ってから常に何かに怯えていたのが嘘のように、よく笑うようになった。 死に掛けていたヒナが翌日、燐の手の中で元気に羽を動かしていたという事実から雪男はすっかり明るくなっていた。まだ幼い雪男には、死に掛けていたヒナが何故生き返ったのか、 深く考えることはなくとにかく生きててよかった、と泣き笑いを浮かべていた。燐もそんな雪男を見て満足気だった。
ただ、獅郎だけが冷静に見方によっては酷く冷たい目で、常に梟を監視していた。
しかし、梟はただの梟のようだった。青く美しい知性の乗せた目を瞬かせて、ほうほう、とかわいく鳴いて双子からエサをもらった。 死に掛けていた時の渇いた羽は嘘のように水分としなやかさを取り戻してふさふさになり、首の怪我もすっかり癒えた。梟は本来とても飼いにくい鳥である。野性味が色濃く残り、 獲物を取るためだけに発達した鋭い爪とくちばしを持つ猛禽類なのだ。 しかし梟は決して双子を傷つけることもせず、まるで手乗り文鳥のように従順であった。時折、ぐるん、と首を真後ろ回したりして双子を驚かせた。
双子は梟のことを「フータ」と呼んだ。どちらが名づけたかは定かではないが、フクロウのフータ。 フータはとても賢い梟であったらしく知性を乗せた青い目で、フータ、と呼ばれれば必ず振り向いて、ほう、と鳴いた。
燐と雪男は初めての生き物に夢中になった。フータはすぐに大きくなって立派な羽をつけていった。そのころにはもう秋の色が濃くなっていて、いつの間にか庭からあのアサガオが消えていたのだが、 獅郎は、
「寒くなったから枯れちまったんだよ。黙って捨ててごめんな」
と謝った。燐と雪男は少し怒ったが、そんな二人の怒りを治めるかのようにフータはほうほう鳴いて双子の関心を自分に向けていた。まるでそうすれば双子がアサガオのことで悲しまずにすむと知っているかのような素振りで、 それはその通りだったけれど、獅郎はますます怪訝そうにフータを見やるばかりだった。
立派に成長したフータは白い産毛に茶色の羽を乗せた大きな梟になった。丸く愛嬌のある目をくりくりさせて、解き放たれるその日まで燐と雪男を喜ばせて笑わせていた。
そしていよいよ空へ放つ日になったとき、燐も雪男も泣きはしなかったがフータの頭を撫でて別れを惜しんだ。フータも悲しむように、ほう、と弱々しく鳴いた。けれど、 仕方ない。日本で野鳥は飼えないし、何よりフータは森へ放ってあげたほうがいいのだ、と獅郎に言い聞かされていたからだ。
別れの日。予定では獅郎がフータを籠に入れて森まで連れて行って放してあげる、というものだった。
燐と雪男はフータの頭を撫でて羽を撫でて、最後にフータの大好きなスキヤキ用のスーパーのお肉をあげた。燐はどうせなら自分も食べたいなあと思ったが、我慢した。 気の済むまでフータに触って別れが済むと、獅郎は籠を持ってくるといって修道院の納戸の方へ消えていった。その瞬間、フータを見やった獅郎の目を見た時、賢い、不気味なほど、 賢い梟は目を瞬いた。
「…あ!フータ!」
重なるような二人の悲鳴に獅朗が何故か血相を変えて戻ってみれば、梟は鍵のかけてなかった押し窓式の窓を自分でこじ開けてしまい、立派な羽をはばたかせて飛び経ってしまっていたのだ。 唐突になってしまった梟の別れをだけどやっぱり泣かずに燐と雪男は見送った。これは悲しい結果ではないからだ。燐は無邪気にフータに向かって手を振った。
「元気でやれよー!もういじめられないように戻ってきちゃだめだぞー!」
その横でちょっとだけ泣きそうだった雪男は以前の子犬を新しい飼い主に渡したときも泣かずに笑顔で子犬を見送った兄を、すごいなあ、と尊敬していたので、自分も習うように、笑顔で小さくなっていく梟を見送った。
ほう。と応えるように遠くでフータが鳴いた気がした。



そうして、梟は二度と戻ってこなかった。



















私に応えてくれるものなど何もなかった。この私の漂う虚無の底で、その上で増えつつある「兄弟姉妹」達に呼びかけてはみたものの誰一人として私の存在には気付いてはくれなかった。 私はそれだけ弱くもなく強くもなく、最早、存在していることさえ怪しいものであったのだ。私は嘆いた。五感がないので声も上げられないがそれでも鳴いた。 誰か誰でもいいのだ私に気付いてくれ、私に応えてくれ。ああ、誰も私に気付いてはくれない。そうか私が気付かれるほどの「肉体」すら持ってはいないから。 そうして虚無界に呼びかけるのに疲れた私は、今度は、物質界に呼びかけてみることにした。しかし、そちらも駄目だった。私の儚い声に気付いてくれるほどのものは私に見合ったほどの器がないといけない。 しかしそんなものは物質界のどこにもいなかった。原始の悪魔である父上を除けば悪魔の本当の始まりである姿の私に、気付いてくれるものなど、それこそ同じぐらいの存在でなければ。
私は訴えた。叫び続けた。そしてもう誰も応えてくれぬのだ、と諦めたとき、五感さえないはずの私の中に届く声が聞こえた。
ほう。と。
儚く寂しそうにそれは鳴いた。私は必死でその存在の気配を探った。それは物質界の深い森の中にいて、どこかの方向を見ながら寂しそうに鳴いていた。いや、 事実その存在は寂しかったのだ。かわいがられていたのに、「あの少年」が好きであったのに。「あの少年」こそが自分を創り出した存在であるのに。「命令」されたから従わなければならない。 元気でいじめられないようもう戻ってはいけないのだ。そのようなそれの感情というものが流れ込んできた。
私は歓喜した。
私の肉体が震えた気がした。
ああ、あれは、あの寂しく嘆く器は私に見合うものだ。ようやく見つけた。あれは私の片割れか?私の本来ならばあるはずだった片割れのそれか?原始の悪魔の父上が落としたものか?
私は真っ黒な私の手を伸ばした。憑依のやり方はわかっていた。簡単であった。それが気付いて、ほう、と悲鳴を上げるころには私は空気のようにその存在に取り憑くことができた。

ぱちり。

私が始めて視界を持って見たものは、真っ黒な空に輝く青い月であった。















2011.12.25
ちょっとえぐい話をしますと本来ならば梟のエサは冷凍マウスとかそんなのですが双子にはきついだろうと、こっそり獅郎があげていたということで。