※オリキャラ女の子の視点なのでご注意(モブではなく一応設定があるので図々しくもオリキャラってことです…
奥村先生はみんなの憧れの的だ。
特に女子に人気がある。背が高くて地味だけと整った顔。13歳で祓魔師になったという彼の最年少記録は未だ破られていなくて、
昔から天才祓魔師と呼ばれていたらしい。それは今でも変らず、25歳という年ですでに全資格を取得していて四大騎士の称号まで手に入れている。
今、聖騎士に最も近い男と言われている。そんな大変な重役であるにも関わらず祓魔塾の悪魔薬学の講師も務めていて、私達の先生でもある。
授業は厳しいけど時折見せる穏やかな仕草や顔に夢中になっている女の子達も多くて、大人の女性もよく彼に(明らかにそういう目的で)言い寄っている場面を目撃する。
まったく大人って汚いと思う。神聖なる学びの園で…ってこうして先生のデータをいちいち覚えてしまう私も大概なのだと自覚しているんだけど。
これが私の知っている奥村先生の全部。
ここまでは誰もが知っていることにすぎない。先生はちょっとミステリアスなのだ。そこも得体の知れない魅力を出している原因の一つなんだろうけど、
とにかく先生は少し謎めいている。今日も私達に授業を教える先生を見つめながら(ノートはちゃんと取ってるよ!)、先生の謎について考える。
ひとつめ、先生に彼女がいるのかどうか。
先生には何故か浮いた話がない。時折、浮上するものはあるのだけどよく元を辿ってみればそれは先生にふられた腹いせにあることないこと言いふらしたくだらないものであることがほとんどで、
先生はそんな噂ちっとも気にしている素振りがないのでそういう悪意のある噂というのはすぐに沈静されるのだ。悪意ある噂というのは被害者になる人が慌てふためき被害を被るからこそ効果のあるもの。
ちっともダメージなんて受けない先生にそんなもの意味があるはずもなくて、大抵そんな噂を流した女は可哀想な人と周囲にむしろ同情されてしまうのがオチだった。
先生は鈍くてそれに気付かないのか、それともとても冷静だから気に掛けないだけなのか。ここも謎。そしてそんな噂をけっこう頻繁に立てられるほど先生は女性をふっている。
そのせいですでに結婚しているとか遠い国に婚約者がいるとか祓魔屋の娘で祓魔師としても活躍している上一級祓魔師「杜山しえみ」と付き合っているとか根も葉もない噂が流れたこともあったけど、
先生はそれらも全部スルー。時々、勇気ある女子に問い詰められてもこう一言いうだけだ。
「彼女なんていませんよ」
そして、しえみさんはただのお友達です、と。
爽やかな笑顔でそう答えられてしまっては勇気ある女子達もそれ以上問い詰めることはできず。大体、先生はこの台詞でしつこい色恋沙汰の質問は一蹴している。
真偽は定かではない。はっきり彼女はいないと宣言しているのに誰も安心しないのは先生が非常にもてるせいもあるけど、偶然、お昼休みに職員室に先生に用事があって尋ねた男子生徒の目撃したことが、
「先生絶対彼女いるって!だってあんなに美味そうな弁当持ってきてるんだもの!」
といったことであるせいだった。その男子が目撃した弁当というのは野菜とメインがバランスよく詰められた彩り鮮やかなそれはそれはうまそうな弁当だったという話だ。
先生が自分で作ってのかもしれないけど、それは先生自身が否定している。
「これは兄が作ったんですよ」
という言葉で。これがもう先生のミステリアス度を上げる原因の一つでその「兄」もまた噂の的の一つだった。先生にお兄さん。どこから流れた話なのかはわからないけど、しかも双子の兄であるらしい。
これは誰もが驚いた話だった。だって天才でモテモテで聖騎士に最も近い男に双子の兄。これがみんな興味を掻きたてられずにいられようか。先生が何度も「一体どんなお兄さんなんですか?今なにしてるんですか?
お兄さんも祓魔師ですか?」といった質問を受けているのを私は見ている。でも先生はいつも困ったように笑うだけで、まともに質問に答えたことはない。でもこれもどこから流れた話なのか。
その双子のお兄さんも祓魔師であるという話が上がったのだ。それを生徒に質問されたとき、その時、初めて先生はたった一言質問に答えてくれた。
その時、先生の顔は笑っていたけど目が酷く冷たかった、と気付いたのは私だけだったんだろうか。それともそう思ったのは私だけだったんだろうか。
「兄は、祓魔師は引退したんですよ5年も前にね」
酷い怪我をして、引退せざるを得なかったんです。
それからは誰も先生に対して「双子のお兄さん」の質問をしたことはない。
私達が生まれた世代というのは非常に運がよかったんじゃないかって思う。
私達現在の祓魔師の塾生はたったの七人で、みんな15歳になったばかりだった。まだまだ子供で何にも知らない。そんな私達は悪魔と戦うための術を日々学んでいる。
いつだったか、私が祓魔師になると決意したときそれはもう無駄なんじゃないか、と悪魔に関わりの薄い友達が止めようとしてくれたことがあった。
確かにその通りなのかもしれない。年々、悪魔の数は減っていて最も悪魔との戦いが激しかったのは5年前がピークで、それからはだんだん悪魔の数は減りつつあるらしい。
何故なら、悪魔の神である魔神、サタンはもう滅んでいるからだ。
これは悪魔の歴史学にもはっきり記されている。年号はわずか5年前。
私がまだこんな世界に関わるよりずっと前で、その頃、両親に守られていた私は世界の裏で起こっていただろう出来事なんてとても遠いことだった。
そんな私の世代が親に守られていたころ、激しい悪魔との交戦は山場を越えていたわけだった。
でも何故か、どうして倒されたのかそういう細かいことはどの本にも記されていないし、
ヴァチカンが公式に発表していることには現聖騎士であるアーサー・O・エンジェル率いる特別な騎士団によって倒されたとかどうとか。
それを信じている人がほとんどで、でも私はどこか胡散臭さを感じている。それが何故かはわからないけど。
5年前といえば奥村先生は20歳。とても優秀な人なのだから当然、当時の戦いには参戦していただろう。そのことで質問を受けている姿も見ているが、先生はいつもはぐらかすばかりだ。
そういうはっきりしない態度が噂を産んでいるのだともわからずに。先生は当時その騎士団にいて本当にサタンに留めを刺したのは先生なんだ、とか。
先生を何でもできる神様みたいに崇める生徒達はそういう話をしていることがあって。それは若い世代の祓魔師達の間にも流れている話。でも先生はそれらを肯定も否定もしない。
色んな話がごちゃごちゃになっているみたいだから、先生も諦めてしまっているのかもしれない。
これがふたつめの奥村先生の謎。
そして、みっつめの奥村先生の謎。
奥村先生にはある非常に強力な使い魔がいる。
それをはっきり目撃したという人は少なくとも私の身近な人にはいないし、若い世代の祓魔師達も知らない人がほとんどだそうだ。
大きな体をした口から炎を吐く男だとか、いや鬼みたいな角をもった人型の美少女だとか(何かのアニメかそれは)、いや巨大なムカデのような形をした不気味な化け物だったとか。
とにかくあることないこと言いふらされている。先生の耳にだって入っているだろうぐらい一番の先生の噂でありひみつ。でも先生は決して絶対にこの質問について答えたことはない。全称号を取っていながら、
手騎士だけは苦手な分野でといって授業でも一度も見せてくれたこともない。謎めいた先生の「使い魔」。先生の一番の謎。
でもこれについて私はみんなより少しだけ、真実に近いものを知っている。
そしてこれこそが私が「奥村先生」に淡い恋情とは違う本当の興味を持ち始めたきっかけでもある。
あの時のことを私は、はっきり覚えいている。
大雨の日だった。その日、私達塾生は野外での合宿中で、正十字学園の周りを囲む広大な森の中でのことだった。
各地に三つ配置された提灯(実際は化燈篭に)火を灯して火を消すことなく先生達の待つ場所まで持ってくること。みんなで次の試験資格を取り合わせる風に見せかけて、
本当はみんなで協力してクリアする試験。初めはバラバラだったみんなだけど、
ケンカしたり話し合ったりして最後のほうはなんとかまとまって、目的の化燈篭をなんとか先生達の待つ敷地まで持ってきたときのことだ。
すでに雨は激しかった。でもそれぐらいで試験が中止になるわけじゃない。封印をした化燈篭の日を消さないように必死に布をかぶせて私達は濡鼠で。
でも心地いい満足感があった。幸い塾生達の中に手騎士希望の人がいてその人の使い魔のおかげで運ぶことはあまり苦労せずにすんでいた。
雨でかすむほどの向こう側には先生達が同じく濡鼠で手を振っていた。奥村先生も珍しく目から笑っている笑顔で(このことに気付ける人って何人いるんだろう)、
それで試験は終わるはずだったのだけど、次に踏み込んだぬかるんだ土の感触に違和感を感じたと同時に私の目の前は真っ暗になった。
何がどうしてそうなっていたのかわからない。
はっと気がつけば私はぬかるんだ土の上に横たわっていて、豪雨のせいで音はよく聞こえないけど、誰かが何人か争っているのがわかった。
私は何故か痛む体を少し起こした。雨のベールで覆われていてもはっきりと届いた異臭。それに吐きそうになった。
生き物の腐った臭い。肺とか胃から何か込み上げてきて私は咳き込んだ。どこか遠くで息を止めて!という声が聞こえたけどそんなことできずに私は咳き込む。
肺や胃を犯す嫌な感触に小さい頃お母さんが教えてくれたことを思い出す。「腐の力」。それは「私達」には相性が悪い。
よく見れば雨でやわらかくなったのかと思ってた土も腐ってた。
それが私と他に気絶して地面に転がっている仲間達を捕らえている。
私はとても恐ろしくなって、泣きたくなった。がたがた。歯がなる。それで空気が肺に入ってしまって吐いてしまった。咳き込む私に向けて確かにおぞましい悪魔の声がした。
『若君』
ナニモノかはわからないけれど、確かに悪魔は誰かをそう呼んでいた。このままにしておいたら私達は死ぬ、とも。『ですから若君、虚無界にお帰りにな』それ以上言葉は聞こえなかった。
後に響くのはカエルが潰れたような声とぶしゅ!と瘴気が一気に弾ける音だ。雨に消されることなく濃い紫をした瘴気が周囲に散らばった。私はその時、ここで死ぬんだ、とそう思った。
でも、瘴気が襲ってきた瞬間、何か青い光が周りを包み、全てを浄化していった。
それはまるで炎にようにめらめらと瘴気を燃やし、空気を浄化し、私達の肌に張り付いた菌まで燃やす。私は何故かそれに本能的な恐怖を感じて悲鳴を上げてしまったがそんな私を包み込むようなとても優しい声がした。
「だいじょうぶ、燃やすだけだか、ら……安心し……ろ」
その声はとてもたどたどしくて掠れていて歪んだ醜いかもしれない声けど、とても優しくて穏やかで。でもこの場にいた先生達の誰の声でもない。
思わず顔を上げればそこには青い炎を纏ったひとりの男の人がいた。
男だとわかったのは見上げた影の背が高かったのと肩幅が広かったから判断できただけで、顔で判断できたわけじゃない。
だって「その人」の顔は包帯で全て覆われていたからだ。
包帯の隙間からわずかに覗く両目は、確かに青かった。
黒い祓魔師のコートを着ていてでも胸にはそれを示すブローチもない。コートの袖から覗く手も、指先まで包帯で覆われていて肌の色もわからなかった。
ただその人は青い炎に覆われていて、私を見下ろしている。包帯の隙間から覗く青い目玉がゆっくりと細くなり、それを見て、ああこの人とても優しく笑ってるんだ、とわかった。
奥村先生の笑い方とは違う、目から笑う顔。でもさっきの奥村先生の笑った目と似ていて。
そのまま私の意識は途切れた。
どこか遠くで「兄さん!」という奥村先生の声を聞いた気がした。
2012.5.12