夢喰う炎 1

 

●月×日 晴れ

今日からけいかほうこくとかいう意味で、日記っていうのを書くようにと言われちまったから、今これを書いている。なんでも、日常のこととか、今日した会話とか、 今日起きたこととか、何か思い出したことがあったらすぐにこれに書きとめて、頭の中をせいりするために、ってことらしい。すごくめんどくさいし、 ぶっちゃけなかなか「俺」というやつは言葉も漢字を書くのも苦手なのか、かなりへたくそな文章になるだろうことは、最初の1行で予想できるんだが。
あ、そうそう一番、かんじんなこと書いておかないといけなかった。俺はいま記憶ソーシツってやつになっている。自分ではよくわからねえんだけど、 とにかく、全部忘れちまっているらしい。確かに、今朝、病院のベッドで目を覚ましたとき、俺はなんも覚えてなかった。自分の名前とか、目を覚ましたとき俺の側に いた人達のこと、誰の名前も言えなかったし、いったいぜんたいなんで俺はこんなところにいるのか、俺ってどういう名前なのかどんなやつだったのかも忘れてしまっていたのだ。 俺が自分の名前も思い出せないってわかると、まわりの人達はひっくり返ったようにおおさわぎになって、俺はそれから色々な「けんさ」 というかどこまでなにを忘れているのか テストをさせられた。医者がいうところ、俺は、えーっとなんだっけ?あそうそう、漢字忘れたときは辞書を引けって「雪男」に言われてたんだった…えーっと、 俺が今なってしまった記憶喪失(喪失ってこういう字だったな)、っていうのが「全生活史健忘」らしい。自分に関する全部のことが思いだせない状態のことだそうだ。 俺は自分に関することも周りの人達のことも何一つとして思い出せない。けど、かろうじて生活に必要な最低限なことは覚えていて、それはなんとかなりそうだった。 さっき小腹がすいたもんで、試しに「寮」のちゅーぼーで料理してみたんだが、意外と手が普通に動いて料理を作ってしまえた。ちなみに出汁巻き卵だ。食べてみれば うまかった。やるな「俺」。じゃなくて、のんきに卵焼き作っていていいような場合じゃないってことぐらい俺でもわかる。俺は今、すんごく タイヘンな状況というか。まあ自分のこと何一つ覚えてないからあまりそういう実感がないんだけど、記憶喪失なんてただ事ではないので、俺はいまタイヘンな状態であるのだろう。
さて、なぜ俺がこんなめんどうな状態になってしまったかというと、それは俺にもさっぱりわからん。そもそも何故、病院のベッドにいたのかというのは、「雪男」 が説明してくれたけど、どうやら俺は…えーっとなんだっけ?エクソシスト?とにかくまだ細かく説明されてないからよくわかんないんだけど、エクソシストという職業の 候補生であるらしく、その実習訓練中に「悪魔」がおそってきてそれでその「悪魔」におそわれそうになった「しえみ」とかいう女の子を(まだ退院してから会ってないので顔は知らない) 助けたとき、どういうことか思い切り側頭部を「悪魔」に叩かれてしまったらしい。つまりはそこからぶっつんしたわけ。今はもう全然痛くねえし、大したケガじゃなかったのか 縫うこともなく包帯だけしている。髪の毛そらずにすんでよかった。んだけど、 一時は頭の皮がぱっくり割れて出血がひどかったらしい。医者がいうのは頭を打つことで健忘症になるということはマレにあるらしい。でもほとんどは心因性(用はストレスらしい) が原因らしいから、頭割れたことが全部とはいえないとかどうとか。結局どっちなの?と思うのだが、頭割れて気絶して目を覚ましてから全部をぽろっと忘れていたので、 ようはそれが原因だろう。自分でいうのもなんだが何をしてるんだ「俺」よ。女の子助けて自分が頭ぶち割られてあろうことか記憶喪失ってめっちゃかっこわるいだろう。
とにかく、そんなわけで、目を覚ましたとき、俺はなんも覚えてなかった。
自分の名前も年齢も。今は教えられたから知ってるけど俺は「奥村燐」で15歳の男だ。「正十字学園」の寮に双子の弟という「奥村雪男」と生活していた。 あ、そうそう、さっきから名前出してる「雪男」ってやつだけど、なんと俺の双子の弟だそうだ。病院にいたとき真っ先に
「兄さん大丈夫!?」
って言ってきたから
「……兄さんって 誰のことだ?」
と言ってしまった。目を覚ましての俺の第一声に一番驚いていたのは雪男だったと思う。うん、そりゃあショックだろうなあ…双子の兄が 全部忘れてていきなりそんなこと聞いてきたら。俺だったらショックで心臓止まると思うわ。
しかし、俺は本当にその双子の弟のことさえ何も覚えてはいなかった。その時、顔もじっくり見たんだけど、 メガネをかけてホクロが三つもあって、真面目そうでけっこうなイケメンだなあ、としか思わなかった。メガネの奥の青緑の 目がきれーだった。でも、本当に初めて見るという顔にしか思えない。「兄さん」と 呼ばれることにさえ、なんだか違和感を覚えた。俺はなんも思い出せなくて、そんな俺にショックを受けたように眉をよせる弟に思わず
「ごめん、覚えてない…」
と 言ったけど、
「謝ることなんてない」
とさみしそうに笑っていた。その笑顔に、こいつのこと何も覚えてないのに、 つきん、と胸が痛んだ。でも俺の双子の弟っていうのは、これがいたく優秀な弟のようで、 それからてきぱきと検査をさせててきぱきと俺を今後どうしたらいいのか、となんだかピエロみたいなカッコウしたヒゲ男と話あった後、「普通の生活をさせるのが一番だろう」ってことに なってからというのも「雪男」の手際は実にすばらしく迅速だった。ぜーんぶ忘れてた俺に名前とか年齢とか何をしている奴なのか、そして自分は双子の弟なんだって、必要最低限な ことをつい数時間前に教えられた。本当はもっと俺については話さなきゃいけないことはたくさんあるらしいが、俺はもう疲れていたし、
「あんまり一度たくさんに話すと 兄さん混乱しちゃうから、ゆっくりでね。それに頭の怪我も大したことなかったし、検査も終わったからもう寮に帰っていいってさ。なるべく早く前と 同じ生活にしたほうがいいだろうから」
とすごく優しく笑って、今日のところはそれで休ませてもらうことになった。寮の中のことも全部忘れてた俺のために、 俺たちの使ってる部屋は602号室ってこととか風呂とか便所とかちゅーぼうとか、あとは生活に必要なことをてきぱき全部教えてくれて、俺はひじょうに助かった。 なんせ、ここに入ってから便所の場所さえ覚えてなかったからな。ちなみに俺達の使っていたという部屋もさっき一通り見てみたんだけど、 やっぱり何にも覚えてなかった。雪男が使っているという部屋のスペースには何やらよくわからない小物や本がどっさり置いてあって、なのにしっかり整頓されている( じっと見てたら、触っちゃ駄目だよ、と言われた)。対して、俺の使っていたというスペースは…ベッドに服が脱ぎ散らかされていて読みかけの漫画も放置、机の上には まっしろなノート。まだ新しいのだろう教科書みたいな本と、あとなんと料理の本も数冊。全体的にちょいと散らかっている印象だった。でもやっぱり何もピンとこなかった。
そしてあまりな雪男の手際のよさとそのわかりやすく知的な話方で、こいつすげえ頭いいんだろうな、って俺はすぐにわかった。…対して兄であるという俺は、うーん、 この日記を書いてる間に何回も漢字が思い出せなくて辞書めくってることだけどもけっこうバカだったんだろうなってことは容易にわかるってものだ。俺たちの部屋に 案内されたとき、俺の使っていたという机を少しあさってみたが、きったねえ字のノートとかばってんだらけのテストとか課題とかが次から次へと見付かる辺り、ますます俺は バカな兄なんだなあ、とわかってちょっとへこむ。
そして、この日記を書くことを言い出したのも雪男だった。記憶を整理する意味もあるけど、記憶喪失になった人間が 記憶が戻ったとき、なんでも記憶をなくしてた間のことを忘れてしまうことがあるらしい。そうなった時のために、記憶がない間の ことはなるべく細かく書き残しておいたほうがいいんだそうだ。俺は、めんどうくさいなあ、とは思ったが雪男のすごく真剣な顔と何も覚えてないがゆえの立場のなさから なんだか逆らえなくて、いっしょうけんめいこれを書いているわけだ。さっき卵焼き作ってみた時間含め、もう時計確認するとけっこうな時間だった。 でも全然、ねむくねえんだよな。ちなみに雪男は俺に全てを教えたあと、まだこのことでフェレスきょう?って奴と話し合わないと、っていって出て行った。 俺は一人にされるのがさみしくてふあんで、
「行くなよ、ゆ…雪男」
って言った。初めて「雪男」 の名前呼んでみたけど、なんだか慣れない感じがした。雪男はメガネの奥のきれーな青緑の目を見開いていた。なんか俺驚かすようなこといったかな? でも雪男は、ふと笑って
「すぐに戻ってくるし、今の兄さんを一人にしないよ。さみしいならクロと話してて、遅くなったら寝てていいから」
と俺の頭を撫でていった。 おいおい、弟に頭撫でられる兄ちゃんってどうよ?って思ったが心地よかったのでそのまま撫でられていた。ちなみに「クロ」というのは「奥村燐」の 「使い魔」の猫叉らしい。確かにしっぽが二本もある。俺が、足元によってきたクロを見てたら
『りん、どうしたんだ?』
ってしゃべったので、俺はすげーびっくりした。
「猫がしゃべった!」
と俺が大騒ぎすれば雪男は困った顔して
「確かに猫はしゃべらないけど、兄さんにだけはクロの言葉わかるんだよ」
って言っていた。え、猫の言葉わかる とか俺って何者なんだよ一体。
とにかく、なんだか不安がるクロに俺のことを簡単に説明してやると(猫と話すってすげえ妙な気分)
『うん、わかった、りんはなにもおぼえてないんだな。りんがおもいだすまで、おれはまってる。でもおれ、きおくがないりんでも、 りんのことだいすきだぞ』
とすげえかわいいこと言ってくるから抱きしめてやった。もふもふしてて抱き心地が最高だ。そうやって俺がすっかりクロと打ち解けたのを見届けると、 雪男は今度こそ寮を出て行った。
クロは今、俺の膝で寝ている。俺は日記を書いている。なんだか今日一日だけで色々あった気がして、正直、疲れているし、早く眠りたいんだけど、なんだかなかなか 寝付けない。気がついたら日記だってこんな長くなってるし。どうして寝付けないんだろうか。そういえば医者が頭うっちまったやつはそういう症状が出ることがあるって、言ってたなあ。 あ、とうとう日付を越えてしまった。体はだるいのになあ。と、廊下から足音がする。雪男だろうか。起きてたら驚くだろうから、寝たふりしておくか。 とりあえず、今日の日記は ここまでにしておく。明日からはまた検査して問題なかったら俺にもっと色々教えて、えーっと、「塾」にも行ってみるらしい。
どうしてこんなことになってしまったか、わからないけど、とにかく、俺は色々思い出さないといけないことはわかっているので、明日からかんばってみるか。



今日教えてもらったことをメモっておく
俺は「奥村燐」15歳。エクソシストの候補生。双子の弟「奥村雪男」と「クロ」と一緒に寮で生活していて、料理は得意らしい。



ところで、今寝ようとして気がついたんだが…俺のケツから生えてるこれなんだろう?しっぽ?まさか…うーん、明日、雪男に聞いてみるか。











2011.6.8