夢食う炎 (11)

 

燃え残った端のカケラに燐が見たものは、うずくまる「自分」であった。
子どものようにヒザを抱えて、丸く座り込んでいる「自分」。 その「自分」の体は、ゆるやかにだが、しかし、はっきりと青い炎がおおっていた。燐は、そんな暗い場所にいたって何にもならねえぞ、 と呼びかけたのだが(燐はこの自分の発言で、そうかここは暗いのか、と知る)、聞こえていないようだった。その体からは青い炎が燃えているのに、 何故か、暗闇を照らしてはいなかった。はて、何故、燐は自分がここにいてなおかつ 「炎におおわれる自分」を見ている立場にあるのか、とんと見当がつかなかった。何か大事なことを忘れているように思うのだが、燐はやっぱり思い出せない。その 思い出せないものを持っていて、頑なに、今の自分に渡すまいとしているのは、この「自分」であるのだろうな、と燐は思った。そう思ったので、おい、と もう一度呼びかける。返事はない。おまえ、いつまでそうしているつもりだ、いい加減おまえがどう思っていたのか聞かせてみろ、こっちはそれで 散々悩んで頭があつくて仕方ねえ、果てはこんな場所にまできちまっている、だから、さっさと言え、おまえ。と うずくまる「自分」に言ってみるも中々どうして強情である。燐はいい加減しびれを切らした。なにがどうしてこんな場所にいるのか、とんと思い出せないが、 きっと雪男は心配しているだろう、となんとなく思ったのである。そこで、燐は、ふと、こんな声を聞いた。白い犬に化けるピエロのような男の声が、「よくお考えなさい」と言い、 「さあ、その奥村君に踏み込みなさい」と言ったような気がしたのである。無論、ここには燐と「自分」しかいないはずなのだが。だが、燐はもう迷っていられないと悟る。 帰らないと、雪男が心配している、でも自分は手ぶらでは帰れないので。なあおまえ。と呼びかける。やっぱり返事はなかったが、構わなかった。一歩、近づく。「 自分」は逃げない。燐は「自分」に踏み込んでみた。そうなっては「自分」も抵抗のしようがないのか、いや、それともこちらが踏み込んでくるのを待っていたのか。 どちらにせよ、燐の中にこのような「自分」が流れ込んできたのである。

雪男にひどいことを言った。と「自分」は泣いているようであった。その先に流れ込んできた「自分」の気持ちとは、こうである。



雪男には本当にひどいことを言ってしまった。他にも言い様あったのかもしれねえけど、俺にはああいうことしか、やり方が思いつかなかったんだ。それと、 雪男に、そんな運命を託した父さんに対して、多少、やるせなさを感じたせいもあるかもしれねえけど。だからひどいことを言った。そうするしなかった。ひどい兄だと 思えばいい、もうめんどう見てやれないって少しでも、俺から離れればいい、って。あの時は、見捨てられるのも覚悟してた、俺なりに。
…だって、俺は雪男の気持ちには応えらんねえ。俺は悪魔だからだ。だからダメなんだ。小さい頃から、俺のこの悪魔の部分がどれだけ、 周りを巻き込んで傷つけてきたか、俺はわかってる。俺はいつどうなってしまうか、いつ雪男もふくめ周りの皆を 傷つけてしまうかもわからない、そんな悪魔だってことはわかってるんだ。雪男はただでさえ弟ってだけで、俺に縛られる。父さんに託された役目に縛られて自由をなくしている。 でもそれが雪男の生き方なんだってことぐらいわかってるさ。そんなことわかってる。父さんの刷り込みなんかじゃなくて、雪男が心からそう想ってくれてることぐらい。 だって15年も兄弟してきたんだぜ。そんで、父さんがそんなことを雪男にするような人じゃねえことぐらい、わかってる。
でも、雪男は「守る」ってだけじゃなくて、俺をそれ以上に「好き」になってくれた。
雪男にああいわれて、俺、すげえうれしかった。しあわせだった。もうこのままでいいんじゃねえかって思った、 欲望のままに、そう想えて、雪男と共にいることができたら、って考える俺はいるけど、それはだめだ。だって俺はただでさえ欲望を求めるために生まれたような「悪魔」 だから。欲望に自由になっちゃいけねえんだ。
…俺は恐いんだ。雪男がいつか、父さんのようになってしまうんじゃねえかって。俺という存在に巻き込まれていつか、命を落とすんじゃねえかって。 そうなるぐらいだったら、雪男には今からでも他の生き方を見つけて、 しあわせになって欲しい。俺はこんなんだから、雪男の大事な気持ちまで俺に向けることはねえ。これ以上、俺を想っちゃいけない。
なあ、でも、俺、一生いわねえけど、雪男のこと、大好きなんだ。
まあ、気付いたのは雪男が俺に「好きだよ」って言ってくれた時だったけどな。悪いか、俺、やっぱり鈍いんだよ。
俺も、兄なんだけど、こんなにも雪男のこと大好きなんだぜ。当たり前だろう、大事な弟だ。そして、それ以上だ。
大好きなんだ、雪男が。
嫌われたとわかってる。でもそれでいい。でも俺は、雪男に本当に辛い思いさせた。 だから、できれば雪男の言ったとおり、全部なかったことにしたほうが、忘れたほうがいいのかもしれねえ、 って思ったけど、でも「おまえ」がのこのこ、こっちに来るからわかったよ。
何もなかったことにはできない。だって俺達、そうなっちまったんだから。
…だから俺は、俺の気持ちは殺して……「普通の兄弟」に戻るつもりだ。お互いをぐるぐる縛ったりなんかしない、 普通の兄弟に。それが、雪男のためだから。俺は。
なあ、…一生いわねえけど、俺、やっぱり雪男が大好きなんだ。
できれば、この気持ちだけでも、忘れたほうがいいんだろうな。
俺も雪男を「好き」だって気持ちを…できれば燃やしてしまいたけど、 それはできねえから、だから、俺は、一生言わない。




いやだ。と燐ははっきりいった。しかし「自分」は頑なに閉ざしたままだった。その姿を見て燐は、……もう、帰ろう、と言った。
「自分」は返事をしないが、ここでこうしてその気持ちを押さえ込んでばかりいるのは、ひどく、不毛なことであると思ったからだ。
なあ帰ろう、雪男が待ってる。それにその気持ち、俺は言ってしまったほうがいいと思うんだ。と言えば、ようやく「自分」は口を利いた。

ばか、んなことできねえ。は? なんで?おまえは何も知らないからんなこと言えんだ。うん、確かに知らない、ぜんぶ忘れたからな。ほらみろ、忘れたくせに。 じゃあなおのこと俺とおまえ一緒に帰るべきじゃねえ?は、なんで?感情を押さえ込むとかそんな慣れないことすっからこうなるんだ。当たり前だろう、雪男のことだ。 だからなおさら、雪男に言いたい。ダメだ。なんで?だめなもんは。ああもうおまえめんどくせえ、おまえが嫌ならまだ戻ってこなくていいよ、でもその代わり、おまえの その「気持ち」俺は持っていくからな。バカ、かってなことするな。かってはどっちだ。やめろ。やめねえ。おまえは何も覚えてないからだ。うん、でも俺、俺達なら 大丈夫だって全部忘れててもそう確信できてるぜ。……?だから、大丈夫だ。………。おまえみたいに向いてねえくせによけーなことごちゃごちゃ考えるから、わかんなくなるんだ。 …だって雪男が大事なんだ。俺だってそうだ。……。なあ俺達大丈夫だ、覚えてない俺がそう思えるんだから、おまえもそう思え。………。で、早いとこ帰ってこいよ、それまでは俺にまかせておけ、あともう炎を 出すんじゃねえぞこんな場所で、どうせ炎を出すなら外側にしろ、内側を燃やすなよ。…… 俺ってバカ。……うん、俺もそう、思う。

それでさ、全部が戻ったら雪男にちゃんとあやまる、仲直りはまだできるだろう。
俺は雪男と 仲直りしたい。雪男の好きな晩飯作って一緒に食って、そうしたら仲直りしたい。甘いかもしれねえし、雪男が許してくれるかわかんねえけど。
あいつの好きなもん作って、前みたいに一緒に飯食う、それで、俺達、

なかなおりする。

おまえだって、そうしたいくせに。











2011.6.27