夢喰う炎 12

 

●月**日 晴れ

たぶん、これが俺の書く最後の日記になると思う。確証とかあるわけじゃないけど、俺には、なんとなくわかるんだ。あ、 ちなみに病院から寮に帰ってきてから一日たっている。最初はめんどくさい、なんて思っていた日記だけど、今まで俺なりに細かく書いてきて よかったと思ってる。だってさ…。
まあ、雪男とこんなことがあったんだよ「俺」。



まずは病院で雪男が目を覚ましてからのことだが、雪男は俺の太もも枕にして、もぞもぞ身動きしたと思ったら、は、っと急に起きたんだ。いっしゅん、 自分がなんでどうしてどんな状況で寝てたのかわかってなかったと思うな、あれ。雪男の(ちょっとだけだったけど)寝ぼけた姿なんてめずらしい気がする、って 俺は思った。んで、寝ぼけていた雪男は、ずれたメガネを直して、そして、起きている俺を見て、
「…兄さん?」
ってふるえる声でそういった。俺はそれだけで、どれだけ雪男が心配してくれてたのかわかってしまって、胸が熱くなった。
「…おはよう、雪男。なんで病院いるのかは、シュラっていうおねーさんからも聞いたけど、…あー…なんかわりぃ…俺ずっと寝てたみたいでさ」
と、俺がそこまで言い終えるか終えないかのうちに、雪男は、がば、っと身を起こして、そのまま、ぎゅう、っと俺を抱きしめてきた。
…俺はすげえおどろいた。 抱きしめられたことももちろんだけど、抱きしめてくる雪男のうでが、いや、もう肩から背中からとにかく全身、ぶるぶる、ふるえていたからだ。 まるで、最初の頃、俺が布団かぶりながらふるえてたみたいにさ。んで、そのまま
「兄さん、兄さん…兄さん…っ!!」
って何度も俺のこと呼んだんだ。俺は、すげえせつなくなった。そして、雪男が好きでたまんなくなって、俺も雪男の広い背中にうで回して抱きしめ返した。 双子の弟だっていうのに、やっぱり雪男の背中の方がたくましく感じて、ちょっとくやしいけど、でもそのくやしさも含めて、俺は、雪男がいとおしかった。
「…もう、目、覚ましてくれないんじゃないかって思った…」
雪男は、すごく小さな声でそういった。でも俺はしっかり聞こえていた。そして、アニキらしく、よしよし、って背中をなでてやった。そして、 しばらく俺達はそうしていたけど、雪男のふるえが止まってきたころ、俺は言った。
「雪男、俺、まだけんぼうしょう治ったわけじゃねえんだけど…寝てる間に色々わかったことあるんだ…」
雪男はようやく俺の肩にうめていた顔を上げた。目元が赤かったのは…ま、弟想いのお兄ちゃんは見なかったことにしてやろう、と思った。
「雪男、俺達、ちゃんと話そう。まだ俺達、一番大事なこと話し合ってないよな?」
と俺が聞けば、雪男は、メガネの奥の赤くなった目を、きょと、っと少し動かした。いつも真っ直ぐ俺を見てくれていた雪男のその目の動き方を、でも 俺は幼いような仕草で、なんだかとてもなつかしく感じたんだ。 俺は、俺たちの小さい頃のことなんてアルバムでしか見てなかったけど、たぶん、小さい頃の雪男は、こうして何かにおびえるような 目の動きをよくしていたのかもしれない。でも、俺は、小さい頃、そんな雪男のことをどうなぐさめてやっていたのか、覚えてないから…思いつくことしかしてやれなかったけど、 とにかく、雪男が迷わないように、背中に回していた手で、今度は雪男の手をにぎってみた。 意外とごつごつしていて、やっぱりたくましい手だった。 何かのタコの痕とか、たくさんあった。そのまま、俺は雪男の顔をのぞきこんでいた。やがて、雪男は、俺の手を握り返して、
「…うん…」
って強くうなずいてくれた。
…で、なんか雪男にとってはそういうふんいきになったんだろうな…そのまま、キスしてきそうになったから…ま、俺も流されそうになったんだけど、すんぜん、 がらっと病室の扉が開いたもんで、俺はとっさに雪男の顔に、ぼふん!と枕を押し付けたわけだ。むぐ、っと雪男がうめいたのと、ナースのおねえさんが、 奥村さん目、覚まされたんですって?っと言いながら 入ってきたのは同時だったよ、セーフだった…。
「あああああ、はい!?今、目、覚めました!いいえ、もうなんともありません!だからもう 弟といっしょに帰りますから、あははは!迷惑かけてすんません!」
ってあわあわしながら 叫ぶ俺に、ナースのおねえさんは首をかしげてたよ…。雪男は枕を押し付けられて、再びずれてしまったメガネのまま、俺をにらんでいたけど、おまえ、 少しは場所考えろってもんだ…。



で、俺達はそのまま寮に帰ってきた。帰ってきてみれば、まっさきにクロが、りんだいじょうぶか!?と足元によってきた。 俺はクロの頭をなでてやりながら、もう今度こそ大丈夫だって、言ってやった。クロは、うれしそうに、鳴いた。そういえば、 俺がぶったおれてた間、クロは飯どうしてたんだろうかって思ったけど、クロがすぐに、しえみの「いえ」にとまってた、って言ったから雪男が とりあえずクロをしえみの家にあずけてたんだろうってわかった。そして、俺達は「602号室」に戻った。…俺は、ここで暮らすようになってまだ10日ぐらいしか 経ってないし、実際の「俺」もそんなに長い期間ここで雪男といたわけじゃない。でも、俺は、最初の頃とぜんぜん違って、ここに居場所がないなんて、思ったりはもうしてない。
で、そんななじんだ部屋に戻るなり、雪男は俺を背中から抱きしめてきた。そんでちょっととまどう俺に かまわず、俺を真正面に向き合わせると、そのままキスしきてた。ほんとうに真面目な性格なくせにしんぼうのたりん弟だ、って思ったけど、俺も俺でしんぼうならんかったのか、 そのまま雪男の背中にうで回して、キスした。
あー…やっぱり雪男のこと好きだ、って俺はこのとき、すごく強く思った。心のそこからそう思ったんだ。
雪男が好きだ、すげえ、好き。
「…雪男、大好きだ」
と、俺は夢の中での「俺」が一生言わないって言ってた言葉を、言っていた。…今言わないと「今の俺」が言える日が来ることはもうないだろう、って思ったからだ。 …わりぃ、「俺」、一生言わないなんて決めてたんだと思うけど、でも、やっぱり、言ってしまった。でも、少なくとも俺は後悔してないから、いいだろう、な?
そして、俺のその言葉を聞いた雪男は、はじかれたように、俺を見た。俺の言った「好き」が 兄弟ってこともふくめて、でもそれ以上のものもあるって、雪男はわかってくれたみてえだった。そして、信じられないものを見るみてえにさ、俺を見たんだ。 んなにびっくりしなくていいのにな…。
「…本当に?」
と、雪男は俺の髪をなでながら聞き返してきた。んな野暮なこと聞くなって、って笑いながら、俺は、
「当たり前だろう。俺は、ずっとそう思ってた。なあ、雪男、俺な、「俺達」に何があったか、俺「見た」し、色々わかったことあるから、聞いてくれよ」

そして、俺は全部話した。

…最初に「青い炎の夢」のことを話したときは、
「なんでそんな大事なこと早く話さなかったんだ!」
ってすげえ怒られたけどな…。
でも俺は、その炎がずっと俺達の間にあった出来事を燃やそう、燃やして忘れてしまおう、としていたということを話せば、雪男は黙り込んでしまった。 あの頭の中でずっと燃えていた炎のことを、雪男はどう考えたらいいかわからなかったんだろう。正直、俺も、あの青い炎をどう考えたらいいのか、今でもわからねえ。
俺の中で燃えていた青い炎。俺達が、避けていたことを燃やしてしまおうとした炎。あの暗い場所で「俺」が独りヒザを抱えて燃やしていた青。
「ごめん…兄さん…」
と雪男は、青い炎の夢のことを聞いたときに、そう言った。雪男は、心底、その夢のことがこわいのか、俺の頭を何度もなでてきた。大丈夫、もうきっと燃えないから、 と言ってやったけど、雪男は、
「僕が…全部なかったことにしよう、なんて言ったから」
「雪男」
俺は、雪男の言葉を止めた。確かに暗い場所にいた「俺」は、なかったことにしたほうがいいと思った、って言ってたけど、あれはああなってしまった結果の果てにそう思うしか なかったからだったと思う。…少なくとも、最初の「俺」は炎で記憶を燃やすなんて、考え付きもしなかったはずだ。だって、健忘症になる…炎が頭の中で燃える直前まで、 「俺」は…雪男のことを考えていた。頭の痛みに耐えながら、しえみに雪男の好きな食いもんのこと聞いていたから(このことを忘れたのは その時にはもう、炎が記憶を燃やし始めていたからだろう)。「俺」は、きっと、雪男と仲直りしたいと思っていたに違いないからだ。むしろ無意識に頭の中で燃えようとしていた 炎を止めようとしていたんじゃないだろうか。でも、炎はずっと俺の内側で燃えていたんだろう。これは俺の想像でしかないけど、 頭を打って、ますます炎が操れなくなったことで、それまでくすぶっているだけだった炎が一気に燃えてしまったんじゃないかと思う。…雪男とあったこと以外のことも すべて、炎は呑みこんでしまおうとしたんだ。
…正直、俺のわかることはここまでだ。…なんで炎がそんなことをしたのか、そもそも青い炎にはそんな力があったのか…俺にはわからない。わからないけど、でも、 今はもう大丈夫だってことはわかるから、それでいいと思う。
「おまえの言ったことに責任なんてない。あれは…ちゃんと炎を操れなかった俺のせいだ、だから」
「いや、僕のせいだ」
きっぱりと雪男は言った。
「…兄さん、僕は…雨のひどかった日に言ったよね…。このまま兄さんが僕達の間に起きたことを忘れたままでいてくれたほうがいいかもしれない、って。 忘れたままのほうがいいことも、あるって…。でも僕は…兄さんから電話かかってきて、寮に戻って、兄さんが倒れてて…全然、目を覚ましてくれないのを、横で 見守っているしかなかったときに、思ったよ…。 全部、なかったことになんてできないんだ、ってそんなことしちゃいけないんだって…。僕が兄さんに言ってしまったことを全然、謝ってないことも…すごく後悔した」
兄さんが、と雪男は続けて言った。今、俺がちゃんと目を覚ましていることを確認するみたいに、俺の頬をなでた。
「兄さんが…目を覚まさないかもしれないって最悪なことばかり考えていたときに思ったよ。もっともっと兄さんと話さなきゃいけないのにって。僕達、大事なこと 何も話せずに…終わってしまうんじゃないかって思うと、恐くて、仕方なかった」
雪男は俺のマブタのあたりを、目じりのあたりを指でなでてきた。雪男は指の先まで皮がかたくて、たくましいんだ。俺を守ろうとして、強くなってきたからこんな手になったんだろうかって思うと、 俺は雪男のことがすごくいとしくなる。
そして、俺は、「俺達」の間に起きたことを「俺」 がどう思っていたのか、暗い場所で見て、踏み込んで、聞いて、理解した「俺」の気持ちのことも話した。…「俺」の気持ちがどうであったのかは、「俺」が 一番よくわかっていると思うから、かつあいしておくけどさ、とにかく雪男のこと大好きだってことだよな、うん、それが全部だ。

それを話したとき、雪男は、泣くんじゃないかってぐらい、顔をゆがませて、バカ、と言って自分で目元を袖でぬぐっていた。

「…バカだな、兄さん…」
「うん…」
俺もそう思っていたので、うなずいておいた。
「…兄さんのくせに、そんな難しいこと、考えるから…。普段は、自分が悪魔ってこともあんまり気にしてないくせに。尻尾だって、隠すのうっかり忘れてたりしてるしさ…。 普段は、自分の感情にも素直で正直で…僕に世話ばかり焼かせるくせに…なんで、こういう ことに限ってそうなんだよ、兄さんは…」
「だって他ならないおまえのことだからだろう?「俺」、おまえが大事なんだよ。だから考えすぎたんだ」
「もう…ほんと…バカだ…。これじゃあ普段と逆だよ、僕達。…いつもは僕が感情なんて殺すのに、抑えたのが兄さんで…バカだ」
「うん、俺達そろってバカ兄弟だな」
と俺が笑えば、雪男はメガネ外して、目元を手でおおいながら、
「…今回だけは認める」
と少し笑ってそういった。どうやら「俺」は前も同じことを言ったことがあったみたいだ。そして…俺はこのとき、「初めて」雪男のメガネを外した顔をよく見れた。なんだ、メガネ外してそうやって子どもみたいに笑えば、少しは俺と似てるんだって 思った。うん、俺達やっぱり兄弟だなって。
「僕達、やっぱり兄弟だよね」
と、めずらしくシンクロしてた。雪男は、言った。
「…兄さんと兄弟なんかじゃなければ、って…もし、血が繋がってなければ、もっとうまくいってたのかな、って思ってさ、ひどいこと言ったけど…。 でも、そういうことじゃないんだって、わかったよ。兄さんが最初のとき、僕と兄弟なのかわかってなかったときにね、僕、そんな兄さんがすごく悲しかったんだ。 それでわかったよ。僕はどんな気持ちを持っていたって、まず兄さんと兄弟であることが一番大事で、だからこそ愛しいんだってこと。結局、歪んだ方向にいってるけどね…」
そのまま、俺達は言葉をかわして、
「…歪んでるけどいいの?」
散々、キスしておいて、好きだよ、って言っておいて今更それかよ、おまえ、と俺は少しおかしくなって笑ってしまった。
「なに言ってんだ、何が歪んでて何が普通なのかって人それぞれだしさ、それに、言っただろう、俺も同じなんだって」
そのまま、メガネを外したままの雪男ともう一回、キスをした。あ、メガネないとけっこうやりやすいってことも初めて知った。
「…ごめんな、雪男」
そして、俺は、ずっと「俺」が言いたかったことを言った。あやまらないと、あやまらないと、とずっと思って、それで「俺達」、
「僕も、ごめん」
「…でも本当にいいのか?俺、確かにこの先、どうなるかもわかんねえし…もしおまえに何かあったら」
「そうならないためにも、僕は強くなったんだよ。大丈夫、僕が兄さん守るから…それが僕の生き方だ。誇りに思ってるぐらいだから」
「うん…わかってるよ、そんぐらい」
「うん、よかった…今、こうして、兄さんと話せて…」

本当に、よかった。

俺はこのとき、ノドが熱くて言葉が出なかったから…せめてここに書いておこうと思う。雪男。俺もよかった。おまえとちゃんと話せて、「俺」が一生言わないって 殺してしまおうって、燃やしてしまおう、って思ってた気持ちを話せて、本当によかった。

ほんとうに、よかった、と思う。

それで、俺は、晩飯にようやく雪男の好きな飯作ってやった。自分でいうのもなんだが、うまくできたぜ、煮魚とアレンジした刺身とかさ。 雪男と向き合ってちゅーぼーのテーブルで食べた。雪男はずっと、おいしい、って言ってくれたんだ。よかったって、俺は思った。

なあ、「俺」、本当によかったと思うよ。これでよかったんだ。

だって、俺、今、すげーしあわせだから。

俺達、ちゃんと仲直りできたよ、「俺」。



俺のできることは、これでもう全部できたと思う。
だからさ、とうとつなんだけど、この日記は雪男にあずけておくことにしたんだ。さっき雪男にもそう話した。 前、言われたことだけど、記憶喪失になった人っていうのは記憶取り戻したときに忘れていた間のことを、忘れてしまうことがあるって。 俺はそうなったときのために、これを雪男にあずけることにしたんだ。雪男は、もしかしたら忘れないかもしれないよ、って言ったけど、俺にはわかる。 俺は、たぶん、この10日間の出来事は忘れてしまうと思う。いや、確証とか根拠があるわけじゃねえんだけど、なんつーの、感覚っていうの? とにかく、俺は、忘れてしまうと思うから。そして、近いうちに全部思い出すと思うから、「俺」が帰ってきたときに、また振り出しに戻ったらめんどくせーだろう?だから、雪男に「そうなったら 「俺」にはこれを読ませておけ」って約束させたんだ。嫌でも納得して、認めるしかねえだろう、こんなことあったんだって…。いや、もう認めてもらわねえと 困るからな。俺、やれることは全部やったんだしよ。人の苦労を、忘れるなよ。
…10日間っていう短い間だったけど、みんなと「知り合えた」ことも、 雪男と話せたことも、たいへんなことばっかだったけど、でも。 なんだよ、さみしいわけじゃねえんだよ。俺が消えてなくなるわけじゃねえんだし。むしろ、やっと元に戻るだけだ。

だから、なあ、「俺」。
もう認めてしまえ。
雪男が大好きだって。縛られるなんて思ってないし、仲直りしたいし、俺たちはやっぱり兄弟で、雪男が好きだって。確かに俺は悪魔でこの先、どうなるかもわかんねえけど。
でも、俺達なら大丈夫だから、信じろ。
見えない先におびえるなんてさ、それこそ悪魔の自分に負けるってことだから。「俺」ならわかるよな?
だから、素直になっておけ、なっておけ。
今度はおまえがちゃんと雪男と仲直りしておけよ。雪男の好きな飯、今度はおまえが作ってやれ。
そんで、塾のみんなにもすげー心配かけたから、あやまっておけ。おっと、勝呂には特にな。そういえば、雪男から聞いたんだけど、あのメフィストも 俺が三日間寝てる間に一回、来ていたみたいで、…なんかよくわかんねえんだけど、とにかく、俺の顔、じっと、数秒間見ただけで、ま大丈夫でしょう、って 言って去っていったとか…まあ、よくわかんねえけど、みんな心配しただろうからさ。

お、さっきまで俺が日記書くの終わるの待ってた雪男が、俺を呼び出した。キスしてえのか抱きしめたいのかわかんねえけど、俺のこと呼んでっから。 もう行こう。



…辛気くせえからやめておこうと思ったけど、やっぱり書いておくな。
じゃあな、「俺」。
俺、この10日間、ここにいれて、よかった。











2011.7.2