●月△日 くもり
まだ一日が終わってなくて昼間だけど、ようやく眠気がやってきたので、眠ってしまう前にこれを書いておこうと思う。
俺は昨夜、結局ぜんぜん眠れなくて、
夜中に雪男が帰ってきたとき、やっぱり寝たふりしてた。寝たふりしながらひたすら、何か思い出せることがないか
考えに考えてたんだけど、やっぱり何も思い出せず一睡もしないまま、朝まで…。雪男の方は少しは寝たのか、きれいに整えられてる髪にちょいと寝ぐせが
ついていた。それでも、もぐもぐ、とトーストをかじる姿は真面目な学生そのものに見えた。ていうか実際真面目な「弟」だけど。まだ
一日しかこいつと一緒にいないけど、それぐらいわかる。俺はぼんやりしながら、ちゅうぼうのテーブルで雪男と一緒にトーストかじってたわけだ。
ちなみにこれは雪男がトースターで焼いたものだった。それ以外には、昨夜俺が作って残しておいた出し巻き卵が食卓に上っていた。
「兄さん、もしかして昨夜、作ったの?」
と聞かれたので、うん、と答える。そして、ふと、聞きたくなったのでこう聞いた。
「『俺』って料理得意だったのか?特に何も考えずにやってみたんだけど、すげえ手が勝手に動くみてえにできたんだよ」
「…うん、そうだよ。兄さんは料理の腕前プロ級だから」
雪男はにこりと笑ってそう答えた。俺はなんだか照れくさくて、へへ、と笑うと、でもそれが唯一生産的な特技だけどね、と付け加えられて、ん、それってどういう
意味だ?と考えている間に、雪男は出し巻き卵を俺の分少し残してたいらげてしまった。
対して、俺は眠たいのに寝れないという奇妙なだるさを引きずりまくっていて、なんだかトースト食べるにもおっくうだった。そんな俺を見て、雪男はすぐに、
「…もしかして、兄さん、昨夜、眠れてない?」
とまるでイタズラした子どもを探るみたいに言ってくれた。俺はもうだるかったので、おお、とぼんやりと答えた。
「大丈夫、兄さん?やっぱり頭とか痛む?」
俺は「悪魔」に殴られたという頭の右側を触ってみたけど、寝ている間に包帯も取れてしまって、そこにはもう傷が残っている感じじゃなかった。
でも確かに言われてみれば、ずきずき、とした鈍い痛みみたいなのが頭の奥にある気がした。それを自覚してしまうと、一気に、食欲が失せてしまった俺は、もういらね、と
トーストの乗った皿を雪男の方に押しやる。雪男は、ぽかん、と口を開けた。
「…確かにちょっと頭痛がする…」
「大丈夫?…でもお医者さんがね、あんまり薬飲むわけにもいかないって…耐えられる?」
特に痛むのは頭の奥であるような気がした。米神を押さえて、でも耐えられるぐらいかな、とは思ったので、頷いておいた。
雪男は心配そうっていうか、どこか不安そうに俺を見ていた。
そういう顔してると割りと幼くは見えるんだな、と思った。とにかく、ふんいきが真面目そうなのもあって、
双子だというのに雪男の方が年上に見えるのだ。そうえいば、背も俺より高い。なんだかそうやって見てると、雪男って本当に「俺」の双子の弟なんだろうか、と
少しだけ疑ってしまう。と、朝食の席で疑ったところで、そういえば、顔洗ってなかった、と気付いて、俺はのそのそと洗面台に移動した。雪男は俺の残したトーストをもそもそ
かじっていた。残飯処理みたいなことさせてごめんな、と言えば、もったいないし別にいいよ、と言われた。
そういえば、顔を洗うときに俺は初めて自分の顔をしっかりと見た。病院で目を覚ましてから寮に行くまで、どたばたしてたし、何よりまわりがさわいでいたので、
俺は自分の顔を確認するヒマがなかったのだ。
おそるおそる鏡を見れば、まず、二重でちょっと釣り型の青い目が見返していた。わざと目を、ぱちくりさせて、確認してみると、俺の目は真っ青だということに気付く。
窓からもれる朝日を反射して、まるで海のように深い、そして、ちょっとだけ、輝いている。へえ、雪男の目の色も変わってるけど「俺」もけっこー変わった色してるんだな、と
思った。次に、ちょっと先の丸い鼻。頬の形は、さすがに幼くはないけど、それでも雪男と比べればまだまだ子どもっぽく丸い印象がどこかに残っている。年相応に見られるかもしれないけど、
全体的にちいっと童顔だよなあ、という印象だった俺の顔。そして、そこで気付いたが、耳がなんだか尖っていた。うーん、そんな犬とか猫みたいになってるわけじゃないけど、
それでも普通の人よりかは尖っている。あー、と口を開けてみればなんと犬歯が割りと長いと気付いた。うわ、なんか俺、犬みてえ、と思った。そうしてちょっと鏡と睨んでいた。
やっぱりなんというか…雪男とはあんまり似てない。まぶたが二重とかかろうじて目の形とかは似ていなくもない気がするんだけど、雪男は真面目な優男に見えるのに、俺は
、なんというかイタズラ盛りのコゾウのような。ぜんっぜん、大人っぽさのカケラもない。自分で思ってて悲しいが…。俺達ってほんとに双子なのか。自分の顔を確認しても、
やっぱり何も思いだせなかったし、逆にどんどん雪男との双子という関係に疑問がわいてきた。はあ、と何故か溜息も出てくる…。とりあえず、顔、洗おう、とするも、
俺はけっこう前髪が長くて顔を洗うのにじゃまだと気付いた。前の「俺」はどうして切らなかったかな、じゃまなのによ。と思って前髪を指先で摘んでみた。
青みのかかった不思議な黒髪だ。目の色といい、髪といい、俺ってなんか全体的に「青い」なあ、という印象も覚えた。そして、ふと、洗面台の脇に、何故かハサミが置いてあるのに
気付く。たぶん、詰め替え用のシャンプーの口をあけるために使われていたんだろうか。少し大きめでたぶん本当は出汁用のこんぶなどを
切るときに使う調理用ハサミだと思われた。俺は、それを手にとって、とまどうことなく前髪に当てて----
「ちょっと兄さん!?何やってるんだよ!?」
切ろうとしたところで、ぱっと、後ろから雪男にハサミを取り上げられてしまった。
「あ、おい、なにすんだよ!?」
「何じゃないよ!こんな大きなハサミ使って前髪切ろうとか…危ないだろう!止めなかったら真横に切るつもりだったの!?」
と目くじら立てて怒る雪男に、何故か俺は、うう、とうなるしかできなかった。こいつが怒ると、自分がすんごく悪いことしたみたいな
気分になってくるのは何故だろうか…もしかして前の「俺」ってけっこう雪男に叱られていたんだろうか、兄なのに。
「まったくもう…なんか兄さん、ますます大雑把になっちゃったというか…、はい、前髪じゃまだったんならこれ使って」
と雪男はハサミを取り上げた代わりに、クリップの髪留めを俺に差し出した。なんだこれ?と手に取ってみる。見覚えはないけど、雪男がいうにはこれは「俺」が「塾」
の友達から借りているものらしい。そうかーその「友達」って誰かわかんねえけど、「塾」っていうのに行けるようになったら礼を言っておかないとな。
「おお、これちょーべんりだよ!前髪ぜんぜんじゃまになんねえ!」
思わず声もでるってもんだ。かなり便利であるこの髪留め(日記書いてる今もつけてるしな)。髪留めに喜んでいる俺を見て、雪男は、やれやれ、と苦く笑っていた。
と、俺はそこで自分の腰まわりをぶんぶん動く長くて黒いものにようやく気付いた、いや、ほんとは昨夜寝る前に気付いてたんだけど、すっかり忘れていたのだ。
前髪に喜ぶ俺に合わせるように、ぶんぶん、揺れる、それ。
「って、うおおお!?なんじゃこれ!?…ってそうそう雪男、これ昨夜気付いたんだけど、なんだよこれ?…しっぽみてえに見えるけど…」
と、ぶんぶん、揺れるそれを掴んでみると、雪男は、今頃気付いたの?とかなり呆れていた。いや、だってこれついてるのがすごく自然というか、体の一部みたいに
馴染んでるから(というか実際腰とケツの間ぐらいから生えてるし)昨日は気付かなかったんだよ。
雪男はその「しっぽ」を見て、俺を見て。そして腕を組んで少し考えているようにしていた。…なんか俺そんな答えにくいこと聞いたかな?いや、確かにしっぽあるとか
相当変だろうってことはわかるけど、世の中広いんだから、そういう「人間」の一人二人いても…やっぱりおかしいか。しかし、雪男はあんまりにも黙り込んでいたので、
俺はなんだかいたたまれなくなり、
「…あのさ…答えにくいことなら、別に今じゃなくてもいいぜ…」
とおそるおそる言ってみると、雪男は、少しだけ溜息をついて、
「うん…ごめん、兄さん、「それ」については…もう少し兄さんの頭の中の整理がついたら話すから…。でもまず先に言っておくけど、それは絶対に僕以外の人に
見せちゃだめだよ。隠しておいてね。それだけは、約束して」
と、いっそすごみを効かせて言われたので、俺は、お、おう…としか答えられんではないか。でもやっぱりしっぽあるって変なことなんだろうな、ってことはわかった。
しっぽがあることといい、クロと話せることといい、「俺」って本当に何者なんだろうか…記憶がないっていうのもあって、せっかく鏡で自分の顔を確認したっていうのに、
ますます、「俺」という「人間」の正体が泥にはまって見えなくなっていくようだ。それに頭の中の整理と雪男はいうけれど…整理できるほどものが頭の中にはない。
まだ自分の名前と双子の弟のことしか知らないのだ。しっぽのことが駄目なら、せめて他のことを教えてほしい。
「…じゃあ雪男…せめてさ、奥村燐のこと言える範囲でいいから教えてくれよ…。なんかこう…自分のこと知らなすぎて、気味悪いっていうのか…。なんでもいいからさ、
そうだ!親、親のこととか!俺達、親いるんだろう、連絡とかできねえ?俺がこんなになって心配してないかな?」
そういえば、身内のことは双子の雪男のことしか聞かされてないのだ。
両親とか他に兄弟とかいるのか、俺はすごく気になったんだ。それに聞いておいたほうが何か思い出せるきっかけになるかもしれねえし、と思ったのに、
その時、雪男は明らかに顔をけわしくした。ぴり、っと少しだけ痛いような空気を出していた。俺は、あ、なんかまた聞いちゃまずいこと聞いたのか、と思った。
雪男のけわしい顔見たら、なんだか、なんていうのか…落胆っていうの?そういうむなしい気持ちになっちまう。なんでおまえ双子の弟だっていうのに、俺のことなんも教えてくれねーんだよ…って
ふてくされた気持ちになっちまった。
それとも何か。
双子の弟なのに、話せないぐらい、「俺」って変な、恥ずかしい「人間」なんだろうか。
「兄さん…」
雪男はけわしい顔はすぐに引っ込めて、明らかにすねてしまった俺をなだめようとしてきたけど、俺は、ふいっとそっぽを向いて、
「もういい。今日はもう気分わりーし、頭だってもう治ってるし、病院にはいかねえ。…ちょっと頭痛するし、寝ておく。たぶん、今度こそ寝れる」
と雪男を置いて部屋に戻ってきてしまった。
で、今これを書いてるわけだ。あの後、すぐに雪男は戻ってきたけど、ちらちら、気まずそうに俺を見るばかりで、やっぱり「俺」について話すことを
迷っているみたいだった。そのうちに、
「僕、そろそろ学校行かないと…兄さんも本当なら学校と「塾」があるんだけど、もう少し休んでおいたほうがいいだろうから…
今日は寝ててね…。お医者さんの検査は必要ならまたしてもらうから…」
と目もあわせずに、というか俺がずっと背中向けてたから、顔も合わせずに部屋を出て行ってしまった。しん、とした部屋。思わず、ぶはあ、と
息が出た。なんか、呼吸するのも難しい気がしてくる。あいつといると。性格も顔もあんまり似てないことといい、あいつ、本当のほんとに俺の「奥村燐」の
双子の弟なんだろうか。やっぱり今一確信が持てない。それに、昨夜から今朝も一緒にいて気付いたが、俺は記憶がないせいだから当たり前だけど、どうしても「他人」といるという
感じでしか雪男を見れていない。
だって、俺、「奥村雪男」につてい覚えていることが本当になに一つないのだ。
自分のことさえ覚えてないんだけど、雪男のことを覚えてないって事実が、なんだか恐い、と感じるのは何故だろうか。分厚い向こう側の見えない布を通して、
雪男を見ている感じしかしないんだ。今こうしている部屋にだって覚えがないから、なんだか居場所があるように思えない。日記を書いて気をまぎらわして、さっき、
ようやく眠気を感じたと同時に、クロが戻ってきていて、『どうしたりん?』と無垢な目を俺に向けてくれている。ああもう、日記は置いて、とりあえずもう寝ておこう。
クロを抱っこしていれば、少しは寝やすくなるだろう…。ほんとに、ちょっと眠っておきたい。眠れますように…って何に対して願えばいいのか、それさえ、わかんねえ。
今日俺についてわかったこと
なんもねえ!
2011.6.11