夢喰う炎 3

 

ケータイで確認した時間は夜10時。夜、10時。夜の、じゅうじ。

こわい夢みた。
少しでも落ち着こうと日記に書いている。日記を書く手もがたがたふるえててさっきからシャーペンの芯を何回折ったんだろう。字もがたがただ。でも ふるえがとまらない。
なんかよくわかんねえんだけど、こわい夢だった。「俺」と「雪男」が「寮」の部屋にいた。「俺」はその「二人」を見ているという 夢だ。ようは自分が出ている夢を自分が見ているという夢だった。「俺」と「雪男」は何かを話していた。何を話しているのかは聞こえなかった。 ただ、「雪男」と話している「俺」はすげえ楽しそうに笑っていた。「雪男」も、時々、頷きながらメガネの奥にやさしい形をした目があった。 「雪男」ってあんな顔するんだ、と夢を見ている俺は思った。
こわかったのはそれからだ。
まるで火で写真を燃やしてしまうように、その夢の光景が燃えたんだ。しかも赤い火とかじゃない。真っ青な、炎だった。その炎が、ごうごう、 めらめら、音まで立ててその夢を燃やすんだ。まるで写真が燃えるみたいに、消えていく。俺の頭の中からなくなっていくのをすごくリアルに感じた。 俺は、ぼうぜんと立ちすくんで燃える夢を見ているしかできなかった。青い炎が目に痛かった。あんな青いの俺は知らない。 まるでおどっているみたいに、炎の先端がゆれていて、楽しそうに笑っている「俺達」をのみこんでしまった。やめろ。と俺は叫んだけど、 炎はちっとも消えてくれなかった。
俺はそこで目が覚めた。たぶん、叫んでしまったのだと思う。胸の上で寝ていたクロが、ころん、とベッドから落ちてしまって、りんどうした!?と びっくりしていた。俺はすごく呼吸がくるしくて、胸に手を当てて、ひっしに酸素を吸い込んだ。ぐっしょりと汗をかいていた。 心ぞうは、どこんどこん、とすごく重く早く動いていて、俺はしばらくベッドの上から動けなかった。今、見たのなんだったんだろう、とようやく燃える夢のことを 考えたとき、俺はものすごい吐き気におそわれて、あわてて便所にかけこんで、吐いてしまった。朝からトースト少しかじっただけだから、胃液しか出てこなかった。 すげえ苦かった。呼吸が落ち着いてから部屋に戻った。クロはずっと心配そうに俺の足元にいた。俺はしばらく部屋の中でぼうっと座っていたけど、 とつぜん、時間のわからないという恐怖におそわれたんだ。窓の向こうは真っ暗で、外灯の明かりがついていた。昼間に寝たけどもう夜だったんだ、と気付いて 部屋の中をぐるっと見渡したけど、掛け時計とか部屋にはなかったんだ。何か、何か時間がわかるもの、と俺はもう「俺」の机をあさってみたけど、腕時計のひとつもなかった。 その時、ふと、退院したとき雪男に「これ兄さんのケータイだから」と渡されたケータイのことを思い出して、それどこにしまったかと少し考えたけど、机の引き出しに放り込んであったので すぐに見付かった。俺は手がふるえるなかでケータイを開いた。その時、確認した時間は夜の10時だった。時間がわかってほっとしたのも少しの間だけど、俺は、ふと、 このケータイって本当に俺のものなんだろうか、というよくわからない疑問を持った。雪男が「兄さんの」と言って渡したんだからそうなんだろうけど、どうも俺の手になじまないというか、 なんだろう、このケータイを持っている人はもっと違う人であるように感じたのだ。なんでだろう。操作して中身を見てみた。登録されているアドレスとか電話番号とかの名前を見てみた。
…誰の名前も知らなかった。
「雪男」以外に知らなかった。
「メフィスト・フェレス」?「杜山しえみ」?「勝呂竜士」?「志摩廉造」?「三輪子猫丸」?「 神木出雲」?「霧隠シュラ」?
知らない…思い出せない。
たぶんみんな「奥村燐」の友達なんだろうけど、「俺」は知らない。「奥村燐」にはけっこう携帯に登録できるような友達がいたんだな、って思うと「俺」 はものすごく、さみしい、と感じた。自分のことであるはずなのに、俺は、さみしいと感じた。さみしい。俺は、誰のことも覚えてない。俺に友達はいないんだと感じた。 双子の弟のことだって何も知らないんだ。 なんだそれ。俺、さみしいよ。こわいよ。ああ、もうなんか、寮の602号室にいるのさえこわい。 俺はこの部屋のことだって覚えてないのに。まるで他人の部屋にいるみたいで他人のベッドにいるみたいで他人の机で日記書いてるみてえだ。 ハンガーにかけてある制服もタンスの中にある服もチェーンつきの財布もケータイも。全部、俺のものじゃないような 気がしている。ああもう、俺の体でさえ俺のものじゃない気がしている。
でも一番こわいのは、あの炎だけが、きっと「俺」のものなのだという確信があることだ。あの夢を燃やしてしまったおそろしい青い炎だけが、俺のもの。あれだけが。 俺のものなんだ、たぶん。

雪男。たすけて、雪男。おまえのこと、ナンも覚えてねえけど、双子の弟なんだろう?俺の家族なんだろう?今はおまえのこと「他人」としか 思えないひどい兄だけど、こわいんだ、俺。早く帰ってきてくれ。 ケータイで電話しようと思ったけど、手がふるえてどうしてもかけられない。 ああ今、俺によりそってくれていたクロが、ゆきおゆきお!りんがたいへんだ!と叫びながら出て行ってしまった。もう手ががたがたして日記を書くどころじゃない。 布団、布団を頭からかぶって何も見ないようにしたい。だって俺、何も知らねえんだ。
何も、覚えてないんだ。







2011.6.12