夢喰う炎 6

 

●月△日 晴れ

…今日は、勝呂に、色々なことを聞いた…。ちと考えすぎて頭いてーけど…これを書きながら整理していこうと思う。

昨日、寝たあと、俺は、また、あの青い炎の夢をみちまった…。
なんか…よく思い出せねえんだけど、「俺」と「雪男」が…ケンカしてる夢だったんだ。何を言い争っているのか、聞こえなかったからわかんなかったけど。でも 絶対、ただ事じゃないって感じだった「俺達」。「俺」が雪男に何か怒鳴っている感じだった。対して雪男は、顔はけわしかったけど、どこか冷静すぎて、冷たいぐらいに。 その「俺達」を見ていた俺は、なんかすごく、悲しかった。
そして、その夢も、青い炎がごうごう燃やそうとしたんだ。

俺はそれで今朝、目が覚めた。昨夜めちゃくちゃ早く寝たのに、その夢のせいで寝た気がしない…。朝は、そのせいでベッドから飛び起きちまうし、ちょうど 雪男も起きていたので、おどろかせてしまった。 雪男はすげー心配してくれた。
でも俺は、なんとなく夢のことを話せなかった。
「兄さん…本当に今日も塾に行く気なの?」
と、冷や汗をかいてしまった俺の顔をのぞきこみながら雪男はそう聞いてきた。でも、俺はどうしても早く俺のこと知りたかったし…少なくとも、勝呂は絶対なにか知っていると 感じだから、どうしても聞いておきたかったんだ。 心配する雪男に、大丈夫だって、笑ってみせて、俺は朝飯を作ってみることにした。なんとなく、 学校行く準備してた雪男を見てたら、作ってやんなきゃなー、って気持ちになったから。 雪男は、作ってくれなくても大丈夫だよ!と慌ててたけど、俺は、ちゅーぼーに行って朝飯を作った。記憶がねえ俺だというのに、料理のやり方は体がしっかり覚えている。 もともと記憶喪失になっちまったとき、生活に必要なことだけはなんとか覚えていたけど、以前の「俺」は料理がそうとう好きだったんだろうなって思う。だって 今の俺でも料理してて楽しいからな。
ちなみに、朝飯に作ったのはバジルオイル入りのオムレツと、あと食パンがまだ残っていたのでカビてしまうまえに食おうと思い、二人分とクロの一匹分焼いた。ただのトーストでは味気ないかな、 と思ったから、食パンにチーズをのせさらにその上に刻んだトマトとピーマンをのせて、ピザ風に焼いた。できあがりは、我ながらうまいと思った。 雪男も、すごいね、とうれしそうに笑いながら残さず食ってくれた。クロも足元でトーストをはふはふ食いながら、うまいよりん、と言っていた。 そうやって向かい合わせで朝飯食って、俺は、ふと、雪男に聞いてみた。
「…「俺」っていつもおまえに飯作ってたのか?」
返って来た返事は、トーストをかじりながら、うん、と一言だった。雪男がいうには、毎月小遣い2000円しかねえ(おいおい少なすぎるだろう)俺が食いっぱくれないように、 雪男が資金援助をして、俺が二人分の朝飯、昼の弁当、晩飯を作るといった約束があったらしい。俺は全然、覚えてなかったから、へえ、と思った。
「じゃあ、今日は時間ねえから無理だけど、明日から三食きっちり作ってやるよ」
と俺が言えば、雪男は、オムレツをかきこんだノドをごくん、とさせながら、
「…兄さん、気持ちはうれしいけど…自分の今の状態とかほんとに自覚してるの?実際、頭打ってからまだ一週間も経過してないんだよ?…昨日だって…」
「いや、もう大丈夫だって雪男。それに、けんぼうしょうを治すには、前と同じ生活してみたほうがいいっておまえだって言ってただろ?それに俺、 一日中部屋に閉じこもってるのやっぱりヤダぜ。それこそ、何も思い出せなくなっちまうよ」
俺がそう言っても、雪男は少し肩を落としていた。それを見て、雪男は昨日、俺を塾に連れて行ったことを少しばかり悔いてるんだろうな、と俺はすいそくした。 確かに、結局、頭が痛んですぐに戻ってきてしまったけど、でも塾に行ったおかげで、思い出したこともあったんだし。…と考えて、俺は、そうだ、と思った。 あの思い出した勝呂の言葉。以前の俺は、雪男に何かしらよくない態度をとっていたんだろう、と。
雪男に聞いてみようか、と俺は思った。でも雪男は…俺が病院で目を覚ましてから、一度もそんなようなこと言ってなかったし、俺にやさしくしてくれていた。 以前の俺が、何か雪男にひどいことをしたというのなら…何かしらそれについて言っていると思うのだ。それとも、記憶喪失なんかになっちまった俺を混乱させないために、 言わないでいるのだろうか。雪男は…まだ雪男と「知り合って」一週間もたってないんだけど、雪男という人間は自分の感情を押し殺して周りの状況とかを優先させる、 そんな人間であるように俺は思うんだ。でも、結局、俺は、雪男がピザトーストの最後のひとかけらを食べてしまうまで、何も聞けなかった。
たとえ、聞いたとしても、雪男は答えない、そんな予感がしたのもある。

「じゃあ、兄さん。僕、学校終わったら迎えにくるから」
と雪男は学校いくまぎわにそういってきたので、俺はびっくりした。
「…え、別に必要ねえと思うんだけど…昨日、塾に行ったから道だってちゃんと覚えてるぜ?」
「ダメ。そう言って、また具合悪くなったりしてどっかで倒れたりしたら、どうするの?兄さん、自分が一応、病人だってこと自覚してよ?頭部外傷を負った人って いうのはね、今は大丈夫でも何日か後にいきなり後遺症を発症したりすることもあるんだから。いくら兄さんが悪魔の回復力を持っていても、 さすがに頭部を打ってるんだから、」
「あーもー、わーったよ!はいはい、雪男が寮に迎えにくるまでおとなしーくしてる!オラ、もうさっさと行け!んなに心配しやがって、お母さんかおまえ!」
と俺はまるでお母さんみたいな雪男の説教にうんざりする前に、さっさと寮から雪男を追い出した。…薄々感じてはいたが、雪男ってあれだ、相当、過保護で心配性なんだな。 だって俺、もう頭の右側に傷なんて残ってねえし…確かに昨日は頭痛しちまったけどよ。
そこで俺は、ふと、思った。そうえいば、俺がケガしたときの状況ってどんなのだったんだろうかって。 しえみは、私のせい、と言っていたけど、そういえば詳しくは聞いてなかったな、って思った。とにかく、俺は塾のやつらに 色々聞かなきゃいけないことはわかっていたから。

そして、俺は、夕方、雪男が迎えにくるまで…寝てたわけだ。昼間、ずっと。 さすがに雪男も呆れていた。自分でもちょっと呆れるよ。しかし、俺は、病院で目を覚ましてから、不眠症みたいになったりかと思えばすげえ寝たり、なんか 安定してないよなー…。
と考えながら今日も雪男と一緒に、塾に行ったわけだ。 教室に入ったら、いきなりみんなから、昨日は大丈夫だったのか?と聞かれて、大丈夫大丈夫!と答えるしかなかった。みんないいやつだよな、そんなに心配してくれるんだから。
「えらい顔、真っ青になって頭押さえてうずくまるからびびってもうたやないか…。奥村先生もおまえの顔色見て、血相変えとったぞ」
と勝呂なんて目つきの悪い目を、さらに細くしながら言っていた。あれ、昨日の俺ってそんなに顔色悪くなったんだろうか?自分ではよくわからないものだ。…うーん、 これじゃあ雪男が俺に病人として自覚がねーって言われるのも仕方ねえのかも…。しえみなんて、やっぱり少し涙目になっていた。 とにかく、昨日みたいに大泣きされてはかわいそうなので、俺はけんめいにしえみに大丈夫だって言い聞かせた。しかし、しえみはやさしい子なんだろうな。 俺がケガしたこと、未だに自分のせいだ、って気にしているんだから。しかし、しえみがまだ気にしているのなら、ケガしたときのことをしえみには聞けないなって 俺は思った。それに、思い出したのは勝呂の言葉だったから、俺は勝呂にできるだけ聞いてみることにしようと決めて、雪男の授業が終わって次の授業までの 休み時間の間に、勝呂に話しかけてみようとしたら(ちなみに今だに授業はさっぱりだ)、勝呂の方から俺に話しかけてきたんだ。…しかも、大量のノートやら プリントやらと、どさっと俺の目の前に置いて。
「…は、これなに?」
と俺が聞けば、勝呂は、何故か、目をすこしふせて、照れているみたいに、
「なにって…おまえが授業出てへんかった間のノートや…ざっと一週間分…取っといたったから…」
と言うではないか。俺はおどろいた。
「ありがとうな!勝呂、おまえってすげーいいやつ!」
と言えば勝呂は、やかましい!と言ったけど、俺は本当にうれしかった。…まあこれが理解できるとかどうかはまた置いておくとして…記憶が戻ったとき絶対役に立つだろう。 っと俺はそこでふと気付いた。
「…ん?でも勝呂、一週間分ってなんだ?俺、病院で目、覚まして塾休んでたのって、昨日すぐ帰っちまった分いれても三日ぐらいじゃね?」
と俺が聞けば、勝呂は、目を見開いておどろいているようだった。
「…なんや、おまえ、「そのこと」についても奥村先生から何も聞いてへんのか?」
俺はきょとん、と勝呂を見返した。なんのことを、聞いてないって?俺は意味がわからなかった。そんな俺の様子を見て、勝呂は少し迷っているみたいだったけど、 やがて、こう言った。

「…奥村、おまえ…頭打って記憶喪失になってまう前にな…塾の三日間「停学」を食らっとったんや…」

…俺は勝呂のその言葉に、思わず、は?と変な声を出してしまった。勝呂はなるべく小声で言ってくれてたけど、 周りの塾のみんなも俺たちがどんな会話をしているかわかってたらしく、どこか暗い顔になった。
塾を停学?みっかも?と俺はわけがわからなくなった。だって覚えてもいないし、雪男にだってそんなこと聞いてなかったんだ。
「…なんで?」
と俺は聞いてみたけど、勝呂は、
「…いや…先生が何のつもりで話してないのか知らんから…俺の口から言っていいことなんか…わからへん」
「いや、言ってくれよ!なんで、前の「俺」そんなこと…!」
と俺が思わず声をでかくしてしまったとき、次の授業の先生が(なんかアゴ割れてまゆげの濃い人だった)来てしまったので、席に戻るしかなかった。でも、勝呂は、 席に戻る直前に、
「…わからへんけど…とりあえず、塾が終わって、みんな帰ってからな」
とつぶやいた。

俺は言われたとおりに、塾が終わっても教室に残っていた。みんなが心配そうに俺を見ていたけど、勝呂と何か話したいことがあるのを察してくれていたのか、 特に止めてはこなかった。そのとき、ケータイにメールで雪男から、『絶対に独りで帰らないこと。後片付けが終わったら教室行くから待ってて』とあった。 本当に心配性だ、あいつ、と思わず苦く笑ってしまえば、
「奥村先生か?大方、おまえのこと心配しとるんやろ?」
と、少しやさしい顔をした勝呂がいた。俺は、おう、あいつ心配性みたいでさ、と笑っておいた。勝呂は俺と向かい合って椅子に座って、しばらく、頬杖ついて迷ってたみたいだったので、
「なあ、勝呂…確かになんのつもりで雪男がそれを話してなかったのか知らねえけど…。知っておかないことには、俺は、前へは進めねえんだ…わかるだろ?… 正直、今も…この塾にいていいのかどうか…わからねえんだ…」
と、ぽろっと少し本音が出ていた。勝呂は、俺をじっと見て、
「…なんでそう思う?」
と聞いてきた。
「…「理由」を思い出せないというか…俺が何を目指してエクソシストになろうと思ったのか…覚えてねえから…」
勝呂にはこう言ったが…たぶん前の「俺」がエクソシストになろうとしたのは、自分がサタンの子どもであることと…あとこれは直感だけど「父さん」が死んだことが 関わっているのではないか、と俺は考えている。思い出したわけじゃねえけど、それだけは、俺の心の奥のどっかに残っている感覚なのだ。
それでも俺が、塾にいていいのか迷うのは…単純に以前の「奥村燐」というやつのことを忘れてしまっているからだ。サタンの子ども。雪男の双子の兄。 それだって大事な俺の「正体」だけど、それ以外に、俺は根本的に自分を見失っている、そう感じるからだ。このエクソシストと悪魔のいる世界の価値観とかだって、 ごっそり忘れている。俺が、塾にいるのが不安なのは、ようはそういうことなんだ。
「…なあ、奥村」
うなだれる俺に、勝呂は言ってくれた。
「確かに今のおまえはナンも覚えてないかもしれへん。塾におっても何もわからんどころか…確かに前のおまえと違って…「理由」を覚えてもない。 …覚えてないかもしれんけど、前のおまえに俺は救われたことがある。 それは確かに今、おまえが忘れとる「エクソシストになる理由」に関わることではあるけどな…でも俺は、今のおまえを目の前にしても、 不思議とイラついたりはせん。失望もしてない。だってな奥村、それは仕方ないことやし、いずれ思い出せばええことや。…むしろ安心したで…おまえが そないにも思いだそう、思いだそう、とがんばっとるみたいやから。それだけで、おまえは前とナンも変わってないってことぐらいわかるわ」
そういわれて、俺は、ふかくにも目が熱くなってしまった。勝呂。前の「俺」と何があったのか、今の俺は覚えてもないけど…「俺」はこんなにいい奴を友達にもって よかったじゃねえか、記憶を失ってすぐのころは、俺には友達がいない、ってすげえさみしく思ったけど、ちゃんと今の俺にも 友達はいたんだって、思った。安心したんだ。そして、勝呂は続けてこう言った。
「だからなあ…なんで奥村先生が話してないのか知らへんけど…。俺の口からでよかったら、話してやる」
決心してくれた勝呂の言ったことはこうだった。細かく書き残しておく。

「俺は、奥村、おまえと奥村先生との私生活なんぞ知らんから、二人に何があったのかはほんまに知らへん。でもな、 何かがあったことは確かや。俺、言ったよな?おまえ、健忘症になる前に三日間も塾の「出席停止命令」食らっとったって。それをおまえに 下したのは奥村先生や」
俺はすごくおどろいた。思わず、拳を握っていた。
「…それ以前から、おまえら様子おかしかったんや。…まあ主におかしかったんは奥村の方やけど。ある日、急にな、奥村先生のこと、おまえ、避けるようになってたんや、それも 徹底的にな。初めは、口きかん程度やったから、なんや軽い兄弟ケンカでもしたんかと思ったから、特に 俺もつっこまんかったけど…。でもだんだんひどおなってきてな、奥村先生の授業にだけ出席しない日もあった。明らかに顔合わせんために、おまえ、おそうまで 教室に残って、考え込んでる風やったし…。先生は先生で、あの涼しい顔ひとつ崩さへんし。…なんていうのか、俺がしびれ切らしてしまったんや。 おまえには、すまんかったと思ってる。俺な、いつまで経っても先生と「仲直り」せえへんおまえに腹が立ってな…このまんまでは俺や他の塾生だって 授業に集中できへんし…どうせ原因もおまえにあるって、事情も知らんくせに、 思ってもうたんや。で、俺はお前に言った」

『奥村、おまえなあ…いい加減にしておけ!いつまで奥村先生にそないな態度とっとるつもりや…!!』

それは、俺が思いだした言葉のそのままだった。そうか、やっぱり、俺は勝呂にそう言われたんだ。
「で、そこで「いつもの奥村」と違ってたのが、おまえがえらい剣幕で言い返してきたことやった。たぶん、疲れてたんやろうな、おまえ。俺も察してやるべきやったのにな」
「…俺、なんて言ったんだ?」
俺は、背中に汗が流れるのがわかった。
「……『てめえには関係ねえことだろう!』。俺も言い返してしまってな…で、つかみ合いのケンカになった。でも一方的やったな…おまえ、馬鹿力やし。 みんな、やめろ!って止めようとしたけど、止められんかった。…机、倒して、おまえ俺を睨んで見下ろしとった。正直、おまえやなかったみたいやった。 で、おまえが勢いのままに俺を殴ろうとしたとき、先生が教室入ってきて、止めて、…あとはそのままおまえに「三日間出席停止処分」って言い放った」
俺は言葉も出なかった。勝呂の話を聞いている間、何か思い出せないかと、思ってたけど、結局、話を聞き続けるしかなかったんだ。
「『雪男、てめえ!』っておまえ、まるでおまえやないみたいに、先生に言ってた。でも先生は涼しい顔やった。『本当だったら連帯責任ですが、今回は奥村くん一人が 悪い。よって処分対象も君だけです』ってな。俺は正直、先生の冷たい声のほうが恐かったで。…俺はそこで「俺も悪い!」って言うべきやったのに、言えへんかった。 そのまま、おまえ、教室出て行った。…で、三日後、処分が開けてから…」
「…ケガして記憶なくしたってわけか?」
なんでケガしたのかも話してくれ、と俺は言った。勝呂は話してくれた。
「処分が解けてからのおまえ、ひどい顔しとったわ。明らかに全然寝てへん様子やったし、先生とナンも話し合ってないのも明らかやった。 …その日、おまえが授業に復帰した日はな、課外授業やった。 先生の担当しとる悪魔薬学のな。いつもは教室でやるんやけど、その日は、悪魔を弱体化させる薬の調合法の授業でな。大量の薬草なんかを煮詰めて使わなあかんから、 外でやることになったんや。 二人ずつのグループに分かれた。おまえはその日、杜山さんとペアやった。奥村先生とは顔も合わさへんかった。先生もおまえのこと避けとった。だから 先生も気付へんかったんやろうな…悪魔を弱体化させる薬の調合を、珍しいことやけど杜山さん、間違えたんや。杜山さんの家は普段から色んな薬草を扱ってはる。 でも…俺達もそうやけど…杜山さんは候補生になってそんな経ってない。いわばいくら家で薬草のこと見てきても素人やから…。 なんや、小さい頃ばあさんから聞いたこと、間違って覚えてたそうやで…。悪魔を弱体化する薬品にな、勘違いして、逆の効果のある薬草を混ぜてしまったんや。 奥村も気付かへんかった。 …で、実験用に檻に入れてあった下級悪魔が凶暴化した。檻食いやぶって、下級とは思えへん素早さでな、杜山さんめがけて襲い掛かってきたんや。先生は その時はなれたとこにおったから、反応遅れた。でも、奥村、おまえはだけは反応素早かった…で、杜山さん、かばって、」

悪魔に、頭の右側、打たれた。

俺は、そこまで聞いたとき、少しだけ頭の右側が痛んだ気がしたけど、耐えて、勝呂の話を聞き続けた。
「…えらい出血やったで…。頭の右側の皮、ぱっくり割れてるみたいやった。…俺はおまえが死んでしまったんやないかって…恐かった。 暴れてた悪魔はすぐに先生が銃を撃って祓魔したけどな…。…『兄さん、しっかりして!』って 初めてやったわ先生が叫ぶとこ見るの。後はもう、先生がおまえに応急処置して、病院連れてって…そこまでしか、俺は知らへん」
勝呂はそこまで話し終えると、はあ、と息を吐いた。しばらく、俺たちは黙っていた。教室はすっかり暗くなっていて、電灯はついてたけど、 スミのほうに残っている闇がやけに目立っていたように見えた。やがて、勝呂は、奥村、と言った。
「その日、俺はおまえと気まずかったから、これは その時のおまえと少し話せた杜山さんの言ってたことやけど、おまえずっと、『頭がいてえ』って言ってたそうや。しかも、ぼんやりしてて、 杜山さんが一番不可解に思ったことがな『雪男の好きな食いもんってなんだっけ?しえみ、俺、忘れちまったみたいだから知ってたら教えてくれ』、っておまえが言ったことやそうや。 …おまえは健忘症になる直前から、少しおかしかったのかもしれん。医者でもない俺が言うことやから、正しいかはわからんけど…健忘症っていうのはな、 頭打っただけで発症することはむしろ稀なんや。ほとんどは心的要因で発症するって言われてる。ようは、心に何か病むことがあってな…それが原因で、あとは 何かしら偶発的な要因によって発症するらしい」
勝呂の言ったことは、医者が言ってたこととほとんど同じだった。俺は、思わず、ごくん、とツバを飲んだ。また しばらく俺たちは黙っていたけど、勝呂は、
「…すまんかった、奥村」
と謝ってきた。俺はなんで勝呂が謝るのかわかんなくて、は?と声を上げていた。勝呂は、眉間にシワを寄せて、うなるように言った。
「…俺が悪かったんや。おまえらの事情ナンも知らんまま、おまえが悪いんやないかって勝手に決めつけた。あん時の俺は、おまえらをどうにかしよう、っていう おせっかいですらなかったんや。ただ、授業に集中できへんのが不快やって…それだけやったのかもしれん。挑発したのは俺のほうやったのに…そのせいで、 奥村、おまえが」
「勝呂」
俺は、勝呂がこれ以上、自分を責める前に、言った。
「…ありがとうな…話してくれて…。後は、俺、がんばって考える…思い出すから。で、いつか思い出せたら、おまえに謝る。『殴ろうとして悪かった、ごめん』って」
勝呂は、はっとして俺を見た。細い目つきの悪いやつだけど、奥にあるもんはやさしいよな、って思った。そして、勝呂が、
「…ああ、俺もおまえが思い出したら、また改めて謝るから」
と全部言い終わる前に、がら、っと教室の扉が開いた。俺たちはびっくしりたけど、そこにいたのは雪男だった。
「…勝呂くん?君、まだいたんですか?」
その声に俺達をふしんに思うものがあったのは気のせいじゃなかったと思う。
「あ、ああ、勝呂にな、べんきょー教えてもらってたんだ!なんかさっぱりでさ!なかなか終わんなくてつきあわせちまったんだよ!」
俺は何故か、勝呂と、俺が記憶をなくした日とその少し前の出来事、のことを話していたと知られるのはマズイと思った。なんでかわかんねえけど、そう思ったので、 ごまかしていた。雪男はじっと俺と勝呂を交互に見ていたけど、
「そうですか…すみません、勝呂くん。兄はもう連れて帰りますので。遅くまでありがとうございます」
ああはい、と勝呂があいまいな返事をした。俺は、すばやく席を立って、教室を出た。背後で俺たちを見ている勝呂の視線を感じた。

そして、そのまま雪男と寮に帰ってきてから、俺はこれを書いている。今、雪男は風呂に入っている。 ほんとは、晩飯作ろうかって今朝までは思ってたんだけど、勝呂の話を聞いたら晩飯を作れるような気持ちにはなれなかった。でも 雪男は、あらかじめどこか買ってきていたのか、惣菜を用意していた。俺に無理させないためだろう。「惣菜、買ったから今日はこれ食べよう」と やさしく笑った雪男の顔を、どこかふしんに思ってしまう俺がいる。

雪男は、なんで、何も話してくれなかったんだろう。

いや、雪男は雪男なりに、色々話してくれた。アルバムまで持ってきて、あんなにやさしく俺に話して聞かせてくれた。兄弟だと確かめ合った。 でも、考えてみれば、雪男が話してくれたことは全部「過去」だ。俺という「悪魔」の正体を知るためにもそれだって必要な大事な話だけど… 雪男は「現在」…ここ最近のことに関しては何も話していないのだ。どうしてだ、雪男。勝呂の 話は聞いたけど、俺は、やっぱり、記憶を失くす直前の俺達に何があったのか、思い出せない。…いや、でも今朝見た、燃えた夢の中にいた、怒鳴っている俺と、 冷たい顔した雪男。もしかして、あれなんじゃないだろうか。あ、そういえば、なんでだろう、青い炎に包まれる夢は、今のところ二回は見たけど、 その二回とも「俺達」に関することだ。
…雪男に直接、聞くべきなんだろうか。
そして、青い炎の夢のことを、ちゃんと言うべきなんだろうか。
俺は、どうしたらいいのか、わからない…。あ、廊下で雪男の足音がするから、もう日記はここまでにしておく。



とりあえず、今日のメモ。
「俺」と「雪男」には何かが起きていた。たぶん、それが俺の記憶喪失の本当の原因だと思う。
…あと、記憶戻ったら、絶対、勝呂に謝る、そして もう一度、お礼を言おう。











2011.6.18