「兄上のバーカ、アーホ、目のクマ、山羊ヒゲ、変なカッコウ」
「………」
「おまえのとーちゃん、デベソー」
アマイモンによって先ほどからずっと繰り返される、おそらく何か子ども向けの番組とかアニメとかで覚えただけだろうクソガキ的な悪口を言われていても、ぴくり、とも反応しなかったメフィストだが。
「とーちゃんデベソー」だけにはつっこみたい。おまえと私の「とーちゃん」は同じ「とーちゃん」だろうがそれにあの方は地獄耳ならぬ虚無界耳だから戻ったとき焼け焦げにされても知らないぞ、と。
しかしそんなくだらない言葉が出てくるはずもなく。理事長室のオーダーメイドさせて文句なしの座り心地を誇る黒いふかふかのイスに腰掛けつつも、
ちっともそのイスの機能はメフィストを癒してはくれなかった。そのイスに背を預けて、だらん、と天井を仰いだ形のまま、もう数時間は経過したと思われる。
シルクハットはイスに背を預けて天井を仰いだ時点でぽとりと床に落ちてしまっていたが拾う気にもなれず。来客用のソファに座っているアマイモンは、ぼりぼり、とバナナチップスを貪りながら、
マンガを読んでいるが、先ほどから現在進行形でメフィストの「悪口」を吐き続けていた。
燐を叩いてしまい、本当に出て行ってしまった日から一週間は経過しているというのに、その間、ずっとである。
「兄上の、バカ、ほんとにバカ…」
「………」
「しかも、燐のほっぺをぶつなんて。燐、何も悪いことしてないのに」
ちゃっかり目撃していたらしい。おそらく窓に張り付いていたのだろう。アマイモンのその抉るような発言に、メフィストは、深く、深く、
疲れきったようにさらにイスに背を預ける。ぎし、っと大男を支えるのに少し限界を訴える音がした。
後はアマイモンがマンガをめくる密かな紙の音がするだけである。理事長室を尋ねてくるものはこの一週間誰もいない。
何故ならメフィストが重厚で繊細な装飾の施された扉の前に「そっとしておいてください(´;ω;`)」
という意味のわからないルームプレートを掲げているからだ。
触らぬ神ならぬ悪魔に祟りなし。おかげで誰もここを尋ねてはこない。祓魔師関係の報告の受け取りもすべて使い魔や中間管理職に当たる祓魔師達に任せてあるため、
周りからすればいい迷惑であることこの上ない。しかし、そのふざけたルームプレートのある扉から駄々漏れている虚無界的負のオーラのせいで、
皆が皆おそろしくなって、とてもじゃないが抗議もできないのであった。
メフィストは沈んでいる。柔らかなイスの上に。いっそ、そのまま虚無界まで沈むのではないかというほど。
デスクの上には一週間分の仕事が溜まっている。ちょっとつつけば、どささ!と滝のように流れ落ちるほどの書類の山が。
ついでにジャンクフードを食べた後の紙くずなどもゴミ箱に一杯である。この一週間、メフィストが食事として食ったものの名残だった。
たまに、ウコバクという奴が、とアマイモンが温かい食事を持ってくることがあったが、メフィストは一口も食べようとはしなかった。
ついでに屋敷にも帰っていないのである。風呂は理事長室に備え付けてあるシャワールームで済ませているし、一時間の短い睡眠はこのイスの上で済ませていた。
現に今も、もう夜9時を回っている。しかし、メフィストはずっとここを動かない。
帰ったって、燐がいないからだ。
「…兄上のバーカ…変なアホ毛」
「………」
「…兄上は、本当は燐をどうしたかったんですか?」
悪口から一転。アマイモンの問いかけに、眉間を指で揉む。全然、目だって使っていないのに、案外それでも疲れるものだ。
「兄上は物質界に馴染みすぎたのでは。人間のように自分の欲望がわからないなんて」
「…わからないわけじゃない」
ようやっと答えた声は、一週間出していなかったため、多少喉がかすれていた。
「私もこの一週間考えたさ」
「なら、何故です。悪魔は否定する快楽の求道者だといっていたのは兄上ですよ。ならば兄上もそうでなくてどうするんですか?燐を取り戻したいなら、
あの忌々しい元聖騎士を殺してでも連れてくればいい。欲しいのなら組み敷いて、抵抗するなら噛み付いてやればいい。ただ側にいて欲しいだけなら、なんでそうしたいのか、
なんて人間みたいにいちいち動機を見つけることもない。手足に鎖でもつけて、一生閉じ込めればいい。それだけじゃないですか」
「…おまえ、」
アマイモンの方を見ることもなく、力の抜けた声を飛ばす。
「それを実行したとして、燐がどう思うかどうなるか、想像できないわけじゃないだろう。その辺の下賎な雌じゃない。燐がどうなるか、考えてみろ。考えたか?それについておまえはどう思う?」
一時、マンガをめくる紙擦れの音が止む。
「…………………考えてみました。よくわからないけど、イヤです。燐が泣いてるところしか想像できない。なんかちっとも満たされた気持ちにならない」
「そういうことだ」
「でも人間臭いことです」
「…半分人間の燐に変なところで感化されたな、私もおまえも」
ぱらぱら。マンガをめくる音が再開する。
メフィストは天井を仰ぎならが胸の上で手を組んで、昔のこと、燐が寂しさに負けて自分の膝に乗ってきていたことを思い出した。
もし、三歳の頃から引き取ることなく。一定上の年齢になってから自然に覚醒したとして。その時に初めて燐に接触することになっていたら、たぶん、
自分は今のようにはなっていなかっただろう、と。
感化されたといえばそうなのかもしれないし、惑わされたといえばそうなのかもしれない。あの大粒の涙に。
自分をスキでしょうがないと訴える匂いに声に。頬をぶってしまった感触による後悔に。
でもその感化に惑わしに後悔に埋もれる本当のモノを探ってみれば、案外それは簡単だった。
しかし、気付いたところでもう遅いのだし、やはりその欲求に忠実になるわけにもいかない。いかないのだ。
しばらく続いていたマンガをめくる音が、止んだ。そしてアマイモンが警戒する気配。アマイモンが気付くよりも早く当然メフィストは気付いていたが、
何の行動もしなかった。せいぜい、ようやく天井を仰ぐことを止め、正面の扉に顔を向けることぐらいである。アマイモンは読みかけのマンガを放ると、
かさかさ、と家庭内害虫よろしく壁を伝い(ちなみに藤本によって破壊されたこの部屋は急ピッチでわずか三日で修繕されていた)、窓を開けるとそのまま身を翻して出て行ってしまった。
それと同時に、蹴破られそうな勢いで、ばあああん!と扉が開けられる。というか本当に蹴破られていて、やれやれ何回この部屋を破壊すればいいのかそしてもう50歳も過ぎたというのに何故そんなに衰えを知らないんだと、
呆れるぐらいだ。
「…よう、クソ悪魔」
蹴破られた勢いで木屑と煙の舞う中、元聖騎士はわざわざ「そっとしておいてください(´;ω;`)」というふざけたプレートを目の前でばきんと握りつぶしてから、
迷うことなく、走りより、そのままメフィストの頬を殴った。それはもうイスから後方にぶっ飛ぶ勢いで。
痩せてはいるがかなり長身の自分がまともに殴られまともに床に投げ出されると、なかなか痛いのだな。
とどこか他人事のように思いながら、メフィストは再び天井を仰いでいた。
「燐をぶった分は百歩、いや万歩譲ってこれで勘弁してやろう」
あとはもう殴る価値もねえわ。
来客用のソファにどさり!とふんぞり返って腰を落とし、カソックのポケットを探るような仕草をした藤本に、ああタバコを探しているんだな、と今まさに殴られて腫れ上がった頬を抑えながらメフィストは思う。
使い魔が慌ててブラックコーヒーを出してきたので、それがタバコの代わりであるかのように藤本は一気に飲み干した。間もなく注がれる2杯目。その光景をぼんやり見ている間にも、頬の腫れは引いてあっという間に治ってしまう。
燐はもっと痛かったのだろうか、と思うとメフィストは虚無界にて誕生して初めて自分の治癒力の高さを疎ましく思った。そこでようやく床に座り込んでいた状態から腰を起こし、
のろのろ、とひどく緩慢な動作で藤本の座る向かいのソファに腰掛ける。ぎし、とこちらのソファも重い音を立てた。藤本はまだ冷めやまぬ怒りに赤い目を煮えたぎらせていたが、
メフィストのらしくない様子に、目を細めた。
「大分応えてんなあ…どうだ、燐のいない生活ってやつは?」
「寂しいです」
迷いなく落ちた答えに、藤本は意外そうに目を見開くがすぐに意地の悪い笑みを口の端の浮かべた。それは現役で悪魔退治をしていた頃の藤本を思わせるまだ若さを失わない笑みで、しかしたちの悪いものだとなんだかんだで付き合いが長いメフィストは知っている。
「そうかそうか、寂しいか。俺は燐が三歳の時からずうっっっとその気持ちを味わってきたんだぜ?てめえも存分に味わえ…」
「………」
「と、言いてえところだが…何も燐にまでその寂しさを味わって欲しいわけじゃねえんだ」
藤本の言葉にメフィストはそれまで項垂れていた顔を上げた。2杯目のコーヒーに口をつけている藤本は、非常に不愉快だという感情を隠しもしていない。
「…燐が?」
「…最初にな燐が急に修道院に帰ってきて…しかも髪まで短くなってやがって、ぜってえおまえとなんかあったんだろうな、とは思ってはいたんだが、あいつが聞いて欲しくなさそうだったから何も聞かなかった。
でも今から思えば無理矢理にでも聞き出しておけばよかったかと少し思う。そうすりゃあ燐があんなに泣く前にてめえを殺してたんだがな」
来客用の丁寧に磨き上げられたブラウンのテーブルにはいつの間にかメフィストの分の紅茶も置いてあったが、
匂いを嗅いだだけで燐の淹れてくれた紅茶には及ばない、と気付く。カップの底に茶葉のカスまである。燐ならば絶対にこんなことはしない。
同時に藤本も「燐の淹れてくれたコーヒーの方がうまいな」と言い出した。考えることは同じらしい。
「てめえにぶたれて告白もしたってのにそれを本当だと認めてももらえなくて玉砕もできねえ中途半端な失恋になって大泣きして、
それでも次の日は何事もなかったみてえにけろりとしていやがるんだ。泣きはらした目えしてよお、痛々しいったらありゃしねえ」
また泣かせてしまったのか、と知ってメフィストはまた深く項垂れた。
「それからがもう見てらんねえよ。てめえこの一週間引きこもってやがってから気付いてねえかもしれないが…もう本部から日本支部にくる任務を片っ端から受け続けてな、燐のやつ。
一週間休みなしでわざと予定詰め込んでいるんだ。雪男みてえにな。それで家事にも手は抜かない。忘れようと必死に忙しくしてやがるのは一目瞭然だぜ。
それが一番、痛々しい」
知らなかった、とメフィストは目を見開いた。確かに一週間引きこもっていたせいかもしれないが、おそらく本部からの依頼がメフィストに届く前に燐が勝手に受けてしまっていたのだろう。
なんて危ないことを、と一瞬メフィストは燐の無謀さを憤ったが、今の自分にはそう思う資格さえない気がしてその憤りは無理矢理胸の奥に押し込んだ。しかし、
一瞬だけでもこの男にはばれてしまっただろう。藤本はいかにもバカにしたように、ふん、と鼻を鳴らしている。
「寂しい気持ちも押し殺してな。その証拠が料理の味付けだ。今までもたまに修道院に戻ってきては何かと俺達の飯作ってくれてた燐だけどよ、今までは俺や修道士達の味付けの好み、一人ひとり全部覚えててな。
その好みに合わせて飯を作ってくれてた。それなのにこの一週間はあれだ。最初に気付いたのは出汁巻き卵だ。うまいことは最高にうまい。
だけどよ、明らかに誰のための味付けでもねえんだなってわかったんだよ、あれは、」
おまえのためだ。
「出汁巻きから続いて、鯖の塩焼きとか…うちはみんな鯖は味噌が好きなんだけどな。あと筑前煮、ミソスープ、あげればキリがない。全部、おまえのためなんだよ。
しかも無意識に。それが燐の寂しさだ」
すでにコーヒーは三杯目。対してメフィストの紅茶は一口も手をつけられず、とっくに冷えてしまっていた。メフィストは、じ、っとカップの底に沈んでいる茶葉のカスを見つめている。
「おまえな、」
ぎしり、とソファの軋む音がした。藤本がわずかに身を乗り出したからだ。同時に、ことん、と少し中身を残してテーブルに置かれるカップ。
紅茶の琥珀色の表面が揺れる。メフィストは正面を見なかった。
「どんだけ燐に愛されてるかって…いい加減認めてやれ」
「…わかってますよ、それぐらい」
いつもは大げさで演技かかった話し方をする悪魔は、今はもう何の抑揚も持たない声で、呟いた。
「私は愛されてます、燐に。…父親としても兄としても男としてもね。そんなこと…今までの13年間をちょっとだけでも思い出せば簡単にわかることですよ。
ええ、わかってます、燐にとっても愛されてるってね」
抑揚のない声なのだが如何せんその内容がメフィストらしさを失っていなくて、余計に腹が立つな、と藤本は米神に浮かぶ血管を自覚する。しかし、拳を握って、
未だ項垂れ続ける悪魔の触覚なんぞを見ていた。そして、ひとつ息を吸い込む。
「…じゃあ、わかっていながらおまえは何をやっていた。燐をどうしたかったんだ?燐をどう思ってたんだ?」
しばしの沈黙。冷めた紅茶もコーヒーもまた淹れ変えられたが、今度は二人とも手をつけなかった。こちこち、とドイツ製アンティークもので大変貴重なものだ、といつだったかメフィストが藤本に自慢していた、
木製の悠に雪男ぐらいはあろうかというほど大きな柱時計が秒針を刻む音がして。それをなんとなく数えて約60回ほどのところで、メフィストは、搾り出すようにこう言った。
「…愛してますよ。燐を」
「…どういう意味でだ?」
「娘として妹として、女として」
やっぱりもう一発殴ろうか、いや、聖銀をその頭にぶち込んでやろうか、と藤本は一瞬考える。しかし、なんとか実行せずに留めた。メフィストが顔を上げたからだ。
自分自身でさえ戸惑っているような、しかし、一週間前電話で叫んだとおり、この一週間メフィストなりに考えたのだろうという顔にとりあえず聖銀はやめておこうと藤本は思う。
「ですがね、藤本、私は悪魔だ」
「んなこと知ってる。どんだけたちの悪い悪魔だってこともな」
「そうあなたの言う通り、ある意味サタンよりもたちの悪い悪魔だ。私はね、ずっと燐が私に向ける恋心を楽しんでいたんです。
幼い恋だと決め付けて…というのは今から思えばそうやって曖昧にさせておいたほうがずっと燐が私を想い続けてくれると考えていたからかもしれないんです。
そして楽しんだ。自分にだけ向けられるその欲求が快感で、満たされていて。だから何もしなかった。
それだけでもう、それは私が悪魔たる所以だ。
そしていざ、燐が他の男と踊れば怒り狂うほど嫉妬して、出て行くといえば出て行くなと叫んで、頬をぶって………本当はね、私の側を離れるぐらいなら、
燐を取り戻したいなら、藤本を殺してでも連れてくればいい。欲しいのなら組み敷いて、抵抗するなら噛み付いてやればいい。
ただ側にいて欲しいだけなら、なんでそうしたいのか、
なんて人間みたいにいちいち動機を見つけることもなく、足に鎖でもつけて、一生閉じ込めればいい。そう考えた。それこそ、私が悪魔である証拠だ。
所詮、快楽を求道する悪魔なんですよ。そこにはきっと燐の求めるような穏やかなものは一つもない。燐の求めるように穏やかに愛せる自信はまったくない。
燐が少しでも他の男と話そうものなら怒り狂って燐を閉じ込めるかもしれない。燐を無視して己の快楽だけに走るかもしれない。だから、」
私は燐を愛せない。
「私は燐を傷つけたくないんだ」
少しの沈黙。肩で息を吐いて、メフィストはこちらをじっと見る藤本を見返していた。血の繋がっていないから当然かもしれないが、燐にも雪男にも似ていないその目の形は、
おそろしいほど表情はない。怒りも同情も哀しみもないのだ。それは双子を引き取る前の、冷徹で冷酷だった頃の藤本を思い出させた。
燐を愛している。メフィストは自分のこの気持ちが嘘でも勘違いでもないことに、ようやく辿り付いている。発情のせいではない。そんなことは今藤本に言った通りこの13年間を思い出せばすぐにわかることだったのだ。
そして燐にキスしたときも。涙を流すほど喜んだ燐を見て、湧き上がってきた溢れんばかりの幸福感。ああ私はこの子が愛しくて仕方ないのだ、とメフィストは確かにそう思ったのである。
だが今まではたぶん本能でわかっていたのだろう。認めるわけにはいかないのかもしれない、と。
こんな儚い子に、そんな醜いものをぶつけるなんて、あってはいけない。いけないのだ。間違えてもいけない。だから、あの時感じた肉欲以外の何かもきっと誘発された思い違いに違いない、と考えようとした。
そうでなければ、
燐にまた間違えて今度こそメフィストは自分の制御を失ってしまう気がしていた。それが恐ろしいのだ。
だから、燐と愛し合うわけにはいかないのだ、と今一度目の前の藤本に告げれば、藤本は、そうか、と一言呟いた。
「よく、わかった」
「………」
「だが、やっぱりわかってねえのはおまえの方だな。ようするにおまえは燐をずっと弄んでたんだ。サイテーの悪魔だな。
わかってはいたが、改めて思うぜ。おまえは、サイテーだ。どうしようもねえクズだ。俺の娘をあんなに泣かせやがって、弄びやがって。
挙句の果てには傷つけたくねえから愛さねえだと。よく言えたもんだな。…燐が本当は何が欲しいのか考えてもやらねえで」
燐のことは散々考えたはずだ、それで出した答えのはずだ、とメフィストは思った。それなのに、この男は、まだ考えてやっていない、という。
何故だ、と思わず声に出しそうになったが、藤本の冷め切った視線がそれを止めた。
「じゃあ、いいんだな。このままで。このまま燐と離れて燐がいつかおまえへの恋心ってやつを忘れて料理の味付けも忘れて、
他の男といつか一緒になっても、いいんだな。っていうか俺としてはそっちの方が大歓迎だけどな」
そうなることは、想像しただけで悪魔なのに気が狂いそうだったが、メフィストは押し留めた。今だからこそ耐えられる。悪魔だがこの凶暴性を抑えられる。
伊達に600年も物質界暮らしをしてきたわけじゃない。理性や分別を持つことは時に必要だと認識しているし、それを駆使することもできるはずだ自分は、と
メフィストは藤本に気付かれる程度に奥歯を噛み締めた。燐のためだ。何よりも愛しい燐のためだから、と。
「ええ、いいんです」
と答えた。
そうか、と藤本はまた一言だけ返した。
「…もう話すことはねえな…。…おっとこれだけは言っておくぜ…てめえ、もう二度と、」
俺の娘に近づくな。
ソファから乱暴に腰を上げ、未だ座り込み続ける悪魔に向けてその言葉を投げ落としてやるはずが、ぶるぶる、とカソックのポケットの中で震える携帯に遮られた。
誰だこんな時に若干の苛立ちを覚えながらも携帯電話のディスプレイを確認すると、それは雪男からであった。…確か今日は燐と一緒に任務のはずだしまだ終わってない時間だと思うが。
と藤本は少し不審に思いながらも、息子からの電話ならばたとえどんな状況であっても取らないことは考え付かない。もともと雪男は本当に何か必要な用事があるときにしか電話をかけてこないのだ。
何かあったのか?
そう思いつつも携帯を取り出し、通話ボタンを押して、耳に当てた。
その様子をメフィストはじっと見つめていた。
2012.7.4